161,
「今度はどこに……って、きゃあっ!?」
別の障害物に飛び移ったアザレアは、突然空から降ってきた人物に悲鳴を上げる。
「ちょっ! な……なんですの?」
「……」
何も言わずに鎌を振るう黒いマントに、アザレアは咄嗟に身を翻す。
「なんの真似ですのっ? イツキ!」
「……おっさんに言われて来た。まどろっこしいから引っ掻き回してこいって」
表情ひとつ変えずに、イツキは鋭くアザレアを攻撃する。アザレアはそれを避けて、両手の銃の引き金を引いた。
「くそ……当たらないっ、うざい!」
「は? 口悪すぎだろ」
飛び道具も持たないくせに軽やかに弾丸を避けられて悪態をつくアザレアに、イツキは呆れたように呟く。
「まあ、両方襲わないとフェアじゃないか……」
「!?」
唖然とするアザレアを置いて、イツキはひらりと障害物を飛び降りる。一回転して地面に降り立つと、素早く索敵を起動した。
「ああ、そこにいるのか」
呟くやいなや、物陰の一点に回り込んで鎌を振り下ろす。
「わあっ!?」
咄嗟に機械長弓でその刃を受け止めたシオンは、その重さに驚愕する。
「へ!? な、んでっ」
「うるさい。隠れてないで、出ろ」
そのままぐいっと押されて、シオンは障害物の外にまろびでる。
「ああーっ! そんなところに隠れてたのねっ」
「やばっ!」
ここぞとばかりに銃を乱射するアザレアと、それを必死に避けて撃ち返すシオン。ようやっと動きを見せた局面に、観客も歓声を上げた。
「ふふっ……ワタクシの目の前に出てきたなら、もう負け確……って!」
逃げ場所を失い一気に劣勢に立たされたシオンを、アザレアが追い立てる。しかしイツキは、今度はアザレアを相手にし始めた。
「んんーっ、邪魔っ! 退いてイツキ」
「言っただろう。どっちにも攻撃しないとフェアじゃない」
飄々と答えてアザレアに攻撃を仕掛ける。かと思えば、いきなりシオンの頭上に鎌を振り下ろす。イツキの動きはあまりにも予測不可能で、アザレアもシオンも避けながらお互いを狙うので精一杯だった。
「――こりゃああれだ、先に集中力が切れたほうが負けだな」
「同感……。イツキのおかげで盤面はぐちゃぐちゃだからな。まあそれが目的なんだけど」
ゲンジとローレンスの会話の通り、アザレアは地面に降りてきている上に、シオンは隠れ場所を失っている。――イツキの攻撃を避けながら、いかに相手に攻撃を当てるかに全てがかかっていた。
「は……ぁ」
障害物の間を駆け抜けて、シオンはまた矢をつがえる。延長戦が始まってから十五分。見れば、流石のアザレアも荒い呼吸を繰り返しているようだった。
「いい加減に――っ」
しびれを切らして決着をつけようと走り出た、まさにその瞬間だった。
「うわっ!?」
突然、視界の外からバッとアザレアが駆け寄ってきて、シオンは体勢を崩す。
「もらったぁ!」
構えたアザレアの右手に狂いはなく――至近距離で引き金を引くとシオンのシャツはあっけなく紫色に染まった。
「っ!」
「はぁ〜い、ワタクシの勝ちっ!」
わずかに息を切らして朗らかに宣言すると、アザレアは真後ろに倒れかかったシオンを抱きとめる。
「大丈夫?」
「う……うん」
コクコクとうなずくシオンに、アザレアはにっこり微笑む。ゲンジはその様子を遠目に眺めて、マイクを持った。
『それで、今イツキは手を出したのか?』
聞こえてきたその声に、シオンとアザレアは振り返る。彼女たちからほんの数メートル離れたところにイツキが立っていた。彼は首を横に振るとサイスから手を離して両手を挙げる。ゲンジは叫んだ。
『よし、以上で今回の訓練を終了とする!』




