160,
『試合延長っ! いいぞシオン、アザレアを打ち負かせっ』
ゲンジのアナウンスに、会場がざわめく。
「マジかよ」
「うおーっ! 行け、シオンっ」
唖然とするローレンスと拳を突き上げるアキラ。その横で、イツキは視界の上の方にひらりとしたスカートを捉えた。
「ったく、ちょこまかと小賢しい……」
障害物の上からフィールドを俯瞰して、アザレアはマガジンを交換する。しかし、どれだけ見渡してもシオンの姿は無い。
『ヒュンッ』
にわかに聞こえた矢の音に、アザレアはかすかに首を傾げる。今まで彼女の耳があったところを、矢じりが轢いていった。
「そこか」
右手の銃口が素早く狙いを定めて鳴る。発砲音とともに飛び出た弾丸は――茶色のポニーテールをかすめるが、当たらない。
アザレアの舌打ちとともに、シオンはもう一発打ち込んで素早く物陰に転がり込んだ。
「当たんない……なんで?」
一対一になってから随分経つのに、どうしてもアザレアに矢が当たらない。シオンはギリッと歯ぎしりをしながら、矢をつがえた。
「焦っちゃ駄目……」
――そう、相手はたったのひとりなんだから
「……焦るな」
――たかが小娘一匹、仕留められなくてどうするんですの?
障害物を隔てて、シオンもアザレアも一歩も引かない。ギリギリの撃ち合いに、観客のボルテージも最高潮に達していた。
「シオンー! 頑張れーっ」
喧騒に混じって叫ぶアキラ。ローレンスは目を丸くしていた。
「すごいな、お前の妹。……相手はアザレアだぞ?」
「だろっ!? だから言ったじゃん、強いって」
得意げなアキラ。
しかし、延長戦が始まってさらに十分。お互いが撃ち合っているのは見えるのに、一向に局面は動かない。
「おい、ローレン」
不意に頭上から聞こえただみ声に、ローレンスはのけぞって上を見上げる。
「これじゃあ、いつまで経っても決着がつかんぞ?」
「それはそうだが……どうしようもないだろう、これは」
困ったように眉を寄せるローレンス。ゲンジは腕を組んで唸る。
「どうしたもんかなぁ……。もういっそあれか。誰かあのフィールドを引っ掻き回してこい」
「そんな事を言ったって、遠距離武器は全員――」
ローレンスの視線の先には、アザレアにボコボコにされた遠距離武器たちが文字通り“転がって”いる。鮮やかな紫色のインクに、ゲンジは顔をしかめた。
「んなもん、近距離でもなんでもいいから突っ込んでこい。おいアキラ、行くか?」
「アキラは駄目だ……シオンの身内だから」
公平性に欠ける。とローレンスは横目でアキラを見る。アキラは苦笑した。
「いずれにせよ行きたくないなぁ……。アザレアに紫色にされるのがオチ」
「じゃあイツキだ。行ってこい」
「は?」
剣呑な声とともにイツキは顔を上げる。ゲンジは歯を見せてニカッと笑った。
「どうせお前なら平気だろ? ひと暴れしてこいって」
「――嫌だ。面倒くさい」
覇気のない言葉に、ゲンジはガハハと笑って武器庫にある木製のサイスを持ってきてイツキに投げて寄越す。
「……」
「ほれ、ぼけーっとするな。このままでは試合が終わらん」
シッシと手で払われて、イツキはため息をつくとフードを深く下ろして立ち上がる。観客の間をすり抜けてフィールドに向かう後ろ姿に、ゲンジがマイクの電源を入れた。
『このままでは試合が終わらんから、境界線基地が誇る最凶の『死神』が乱入するぞ―っ!』
「「おおーっ!!」」
「うるせぇっ!」
イツキは珍しく声を荒らげると、観客――主にゲンジをキッと睨む。
そのままフィールドに向かって、一直線に走り始めた。
第5章は162話までになります。まだまだ応援よろしくおねがいします!