16,
「……“急患”とは、アザレアさんのことですか?」
天音の問いに、アザレアと呼ばれたその女は、コクリとうなずく。
「現身の右足が取れましたの。きっと、どこかに短針を落としたのですわ」
よくよく見てみると、長いスカートの下から出ているヒールの高い靴が、片方無いのがわかる。
アザレアはため息をついて、アキラの方をキッと睨む。
「ここまでアキラに運んでもらいましたの。……それなのにこの人、突然ワタクシを放り出すんだものっ」
「や、ごめんて……。ドアを人にぶつけちゃった上に、それが百年行方不明だった“戦友”だったんだから……」
アキラの言葉に、アザレアは不満そうにイツキの方を見る。
「!――あら、」
しかしその紫の瞳は、次の瞬間大きく見開かれた。
「北方軍の『死神』じゃあありませんの。てっきり、もう壊れたものと思っていましたわ」
「……勝手に殺すな」
イツキはアザレアを睨む。彼女はククッと笑った。
「近くで見ると……思ったよりも、イイ男なのですね。……“精霊の加護”のせいで触れないのが残念ですわ、「……はいはい、皆さん」
アザレアがイツキに色目を使うのもつかの間。天音がパンパンと両手を打つ。
「お話は中でお願いできますか?……アザレアさんも、早く足を見せてください」
「あ、はあ〜い」
天音に言われて、アザレアはイツキとアキラの傍を通り過ぎて部屋に入る。残された2人も後に続いた。
「――また、派手にやりましたね」
全員がローテーブルのソファーに腰を下ろしたところで、アザレアの隣で彼女の足を見た天音が呟く。
その足は、膝の少し上から先が、文字通り“失くなって”いた。
「ん〜。やっぱり、短針が無いのですわ〜」
アザレアが手に持っているのは、古風な真鍮製の懐中時計だった。それをマジマジと見つめて、彼女はため息をつく。
「……それが、あんたの“本体”か?」
ローテーブルを挟んで、天音の向かい側に座っているイツキが、アザレアの手元を眺めて尋ねる。
「そうですわ。ワタクシは骨董遺物。第一次機械戦争中製造のアーティファクトですの」
自分の本体を天音に渡して、アザレアは首を傾げる。
「どうかしら……直る?」
「ええ。前にも短針、なくしたことあるでしょう?」
天音は呆れたようにアザレアを見る。
「あのときと同じようにスペアをつけるので……少し、待っててください」
それだけ言うと、彼女は壁際に置かれた、マホガニーのデスクへ歩いていく。
そんな天音の後ろ姿を一瞥して、アザレアはイツキと、その隣に座っているアキラに向き直る。
「びっくりしましたわ。まさかこんなところで、あの有名な『死神』に会うことになるなんて」
アザレアが大きな目をキラキラとさせながら言う。イツキは首を傾げた。
「別に……有名ってことは無いだろ」
「んまあ、とんでもない。ワタクシのいた南方軍では、貴方のことはしょっちゅう噂になっていましたもの」
フフッと笑って、アザレアは目を細める。
「ほんっと。百年も何をしていらっしゃったの?」
「それ!俺も気になるっ」
アザレアとアキラの質問に、イツキは渋々、プロテクションの影響でポリティクス・ツリーに封印されていたことを話す。アキラが顔をしかめた。
「相変わらず……政府の奴らは理不尽だなぁ」
「まあ、仕方ないな」
イツキはどうでも良さそうに吐き捨てる。
「こんな能力、いらないだろ」
「でも、北方軍で一番の戦果を挙げてたのはお前だっただろ!?」
「……戦争してれば、な」
紅い目を細めるイツキ。その表情には、諦めの色が濃く映っていた。
アキラが悔しそうに表情を歪める。アザレアもその境遇に同情したのか、眉を寄せた。
「仕方がないし……たかだか百年で出てこれたんだから、いいだろ」
イツキはそう呟いて、強引に話を切り上げた。
アザレア (製造は第一次機械戦争中)
種族:アーティファクト(Ⅱ型)
本体は真鍮製の懐中時計。アキラとともに先行部隊に所属しているが、元は南方軍方のアーティファクト。
口調は丁寧だが、皮肉屋なところがある。根は優しい性格。