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「特殊なケースなんです。私も今まで、アキラさんでしかこの症例を見たことが無くて」
天音の言葉を、シオンはただ呆然と聞いていた。
「本来、アーティファクトの“記憶”というものは、身体のどこか――普通は頭に取り付けられているハードディスク内に保存されます。でも、アキラさんやあなたのような型のアーティファクトは、パーツの全てを記憶媒体として使用している……つまり、オリジナルのパーツを失えば失うほど、どんどん記憶がなくなっていってしまうんです」
シオンは暫く黙っていたが、やがてため息とともに口を開く。
「そう、なのか」
「ええ。――すみません、もっと早く気づくべきでした」
天音の謝罪に、シオンは静かに首を横に振った。
「いいや、先生は悪くない」
そう言って、シオンは穏やかに微笑む。が、その表情はすぐに曇ってしまった。
「でも……それってつまり、損傷が増えれば増えるほど、色々忘れてしまうってことか?」
「まあ、そうなりますね。怪我をしないのが一番の対処法ではあるんですが、現段階ではそうもいかないし……ただ、アーティファクトの記憶はあくまでもデータなので、バックアップを取ることはできます」
天音はそう言って、デスクの一番下――鍵のかかった引き出しの前面に手を当てる。
『カチリ……』
くぐもった金属の触れ合う音とともに、鍵が開いた引き出しを天音は引っ張り出した。
「――これは?」
「“兵器”の皆さんのバックアップデータです。私が管理しているので」
――そこには、小さな金属製の箱のようなものが、引き出しいっぱいに隙間なく並んでいる。ちょうど天音の手のひらに収まるそれを、彼女はひとつ取り出して見せる。
「メモリーです。設計は師匠がしたものなんですけど、百年を優に超えるアーティファクトの記憶を保存しておくことができます」
穏やかな金属光沢を見せるそれは、よく見ると一つ一つに名前の刻印が刻まれている。元のように仕舞って、天音はシオンを見上げた。
「まだ予備があるので、シオンさんもバックアップを取りましょう。そうすれば、万が一パーツを失くして記憶が抜け落ちてしまっても、復元することができます」
その上の引き出しを開けると、無刻印の金属の箱――メモリーがいくつか入っているのが見える。その一つを手にとって、天音はシオンに渡した。
「どうすればいい?」
「手に持っていてもらえば、勝手にデータをコピーして保存してくれます。シオンさんなら……多分、三十分あれば全てのデータを保存することができると思うので、座って待っていてください」
天音の言うとおりに、シオンは古めかしいソファーに腰を下ろす。
外では、相変わらず雨がぽつぽつと降っていた。
「アキにいも、記憶が失くなるのか……?」
シオンの本体を仕上げるためデスクに向かった天音は、不意に聞こえたシオンの声に顔を上げる。色素の薄い榛色の目が、じっと天音を見つめていた。
「ええ。でも、こまめに――週に一回はバックアップを上書きしに来てもらっているので、記憶が完全に失くなるってことは無いです」
シオンさんもそのほうがいいですね。と呟く天音に、シオンはうなずく。
「ああ、そうする。……でも、アキにいは戦うことが記憶を失う原因だってわかっていても――戦い続けるんだな」
昨日久しぶりに再会したアキラは、覚えていないことなんて何一つ無いようにすら見えた。
でも、
「私は……ちょっと怖いと思ってしまった。だからって、戦うのをやめるつもりはないし、“兵器”になるのをやめるつもりも無いけど」
少し掠れた声。うつむいた顔に、茶色い髪がかかった。
「思い出せなくなるかもって……アキにいのことや、製作者のことを思い出せなくなったらどうしようって、ちょっと思ってしまった」




