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「戦闘が起こってるということだったので、ロビーで待機しようと思ってたんです」
そうしたらこんなことに。
眠たそうにあくびをする天音を、イツキはただただ呆れて眺める。
「担いでも伸ばしても起きなかったんだが」
「……『担ぐ』はわかるんですけど、『伸ばす』ってなんですか? まるで記憶に無いんですけど」
「わかったもういい」
イツキはため息をつくと、ローレンスを見る。彼はうなずいた。
「先生、彼女なんですけど診てもらってもいいですか?」
ローレンスに促されて、シオンは天音の前に出る。天音は彼女を見上げて首を傾げた。
「どなたですか?」
「ダルグから“兵器”になるために来たそうなんですが……さっきの戦闘に巻き込まれて怪我をしたみたいで」
ローレンスの言葉に、シオンはうなずく。しかし、その顔は訝しげだった。
「シオンという。――あなたが、修繕師?」
「ええ。“首都”の『指定修繕師』、巫剣 天音と申します」
天音はそう言って、右手を胸に当てて軽やかに一礼する。シオンはぱちぱちと瞬きをした。
「『指定修繕師』って……各都市に一人ずつしかいない、あの?」
「はい。そうですが」
天音はそう答えて、また首を傾げる。
小柄な体躯と幼さを隠せない顔立ちは、まだ十代半ばくらいにしか見えない。そんな少女が、この“首都”と呼ばれる都市国家の修繕を統べる者とは、シオンには到底思えなかった。
「……シオン、この人は本当に“首都”唯一の修繕師だぞ? そんな疑うような顔するな」
「うっ……失礼」
アキラに咎められて、シオンははっと気まずそうに口元を覆う。しかし、天音はさして気にならないのか、くるりと彼らに背を向けると振り返った。
「とりあえず工房に行きましょう。一応、全身メンテナンスしたほうがいいと思うので。ここじゃ器具も足りないし」
こっちです。と、手招きをする天音を見て、シオンはちらりとアキラを振り返る。アキラが無言でうなずくと、シオンは天音のあとについていった。
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機械ランプの淡い光に照らされた薄暗い廊下。窓の外はまだ真っ暗だった。
「どうぞ。好きなところに座ってください」
ドアを押し開けて、天音はシオンを促す。シオンがソファーに腰を下ろしたところで、天音はその向かい側からじっと彼女を見つめた。
「北方製『Ⅰ型』アーティファクト。……ああ、アキラさんの同型機ですか。珍しいですね、類型機はよく見るんですけど」
「見て……わかるのか?」
まだ何も言わないうちからそこまでを言い当てた天音に、シオンは目をみはる。
「まあ、なんとなく。“大戦”中期から後期に造られたアーティファクトは、製作者の癖が如実に出るので。――良かったですね。欠損パーツはアキラさんのストックを使えるので、すぐに直せますよ」
立ち上がり壁の棚をガサゴソと探りながら、天音は言う。
「腕に損傷があるとのことでしたが、他には?」
「腹部と背中と……すまない、把握しきれていなくて」
今まで、たったひとりでダルグの第一管理区を守ってきた。“大戦”中にも負わなかったような大量の傷が、その証拠だった。
「いいですよ。ダルグではまともに直せなかったでしょうから」
振り返った天音は、シオンの隣に座る。手に持っていた工具を乱雑にローテーブルの上に広げると、シオンを見た。
「“本体”を貸してください」
そう言われて、シオンは背中から“本体”を抜く。
天音に手渡されたのは、旧式の機械長弓だった。




