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ローレンスが無線機を操作している横で、にわかにロビーが騒がしくなる。
「なんだ……?」
手を止めてローレンスが顔を上げる。アキラとシオンも彼の視線を辿ると、三人のもとに近づいてくる人影があった。
「今戻った」
そこにいたのは、珍しくマントのフードを外したイツキだった。それだけだったら、周りが騒がしくなることは無いのだが……
「ん〜? お前、それって先生……だよな?」
「そうだ」
アキラの問いに真顔で答えたイツキは――何故か肩に人間を担ぎ上げていた。藍色のチュニックの裾からデニムのショートパンツが覗いていて、さらにそこから伸びたタイツに包まれた足を、彼の片腕が押さえている。担がれた人間の上半身は、イツキの体の向こう側にいってしまっていて見えない。
「おい、大丈夫なのか? 何かあったわけじゃないだろうな……」
ローレンスは唖然と呟く。イツキは一切表情を崩さずに答えた。
「そこの廊下に落ちてたのを拾った。寝てる」
シオンはどうしても気になって、イツキの後ろ側に回り込むと顔を覗き込む。だらーんと下がった腕と、目をみはるような白銀の長髪。その隙間から見えたのは、意外にも幼気な少女の寝顔だった。
「なるほど……つまり、自室の布団じゃないところで寝落ちてたのは、俺だけじゃなかったってことだな」
アキラは納得したようにうなずく。イツキは胡乱な目をした。
「お前もなのか。ったく、どいつもこいつも……」
「いや、だからって担いでくるな。先生は物じゃないんだぞ」
ローレンスは呆れたように額に手を当てると、イツキを見上げる。
「せめて起こして連れてくるとかさ……」
「起こして起きたら、こうはなってないよな」
イツキは平坦な声でそう言って、少女の体を肩から下ろす。ぐらりと小さな頭がかしいだが、それを気にすることもなく――イツキは彼女の手首を掴むと、なんとそのまま目の前にぶら下げた。
「馬鹿っ! 先生の肩が外れるっ」
「これが、平気なんだよな意外に」
ローレンスは焦った声を上げたが、その少女は穏やかな寝息を立てたまま、だらーんと伸びている。一向に起きる気配はない。
「……なんだこれ。猫だってこうはならないだろ?」
「これが人間であるということに、俺は今ものすごく驚いている。――肩関節どうなってるんだろうな」
シオンの呟きに、イツキは驚いていると口では言うものの、全く表情を変えないまま少女を揺すった。
「おい、起きろ。いつまで寝ているつもりだ」
「……んん」
揺すられたのには気づいたのか、少女は小さな呻き声をあげる。イツキはそのまま、彼女をさらに持ち上げた。
「ん〜」
「どこまで伸びるんだ、こいつ」
にゅーっと、さらに伸びる少女の体を、イツキはもはや気味悪げに眺める。
「すげーやらかい」
「ええ……なんで、ええ……」
アキラもローレンスも、勿論シオンも、その様子をただ呆然と眺めた。
「起きろ天音。仕事だ」
「――し、ごと」
『仕事』の文字に、天音はようやく薄く目を開けた。蒼い瞳がぼんやりとイツキを見返して、二、三回瞬きをしたところでようやく本格的に目が覚める。
「あれ、イツキ? 私……ロビーに向かっていて、」
「……まさかその途中で寝落ちたのか?」
とんでもないところで寝落ちていること。そして、イツキにぶら下げられていることを一切気にしていないこと。あまりに奇妙な天音に、イツキはゆっくりと彼女を地面に下ろす。
「先生。――寝るときはちゃんとベッドに行きましょう?」
「ね……てましたか? 私」
「本気ですか……?」
コテンと首を傾げる天音に、ローレンスは眉間に手を当てる。天音はまだ眠そうに瞬きを繰り返した。




