146,
仄暗い明かりが、不意に一段強いものになる。街灯のような背の高い照明器具が目の前に現れて、その先に堅牢な鉄扉が見えた。
「着きましたわ、ここが――って、何してるんですの……」
何かに気づいたようなアザレアの言葉に、シオンは鉄扉を見て――その前にうずくまっている人影を見つけた。
「何してるんですの?」
その人物の前に歩み寄って、アザレアは高く腕を組む。シオンはその後ろから、おずおずとその人物を覗き込む。
抱え込んだ両膝に頭を乗せて顔を伏せたその人物は、鮮やかなオレンジ色の髪が特徴的だ。頭の後ろでひとくくりにしたその長い髪に、シオンは見覚えがあった。
――あれ? この人……
「何してるのかって、聞いてるのですが」
アザレアはイライラと声を大きくする。すると――
「スー、スー……」
その人物から、非常に気持ちのよさそうな寝息が聞こえてきた。
「……ね、てる? こんなところで?」
シオンは思わず、奇妙なものを見る表情でその人物を眺める。するとアザレアは無言のまま、どこからともなく大きな扇子を取り出した。
右手にしっかりと握ると、それを大きく振りかぶる。
『バシーンッ!!』
「なっ!? いってーっ!」
頭を叩く鋭い音とともに、寝ていた人物は飛び起きる。まだ寝ぼけた金色の瞳が、アザレアを見た。
「おはよう、ございますわぁ〜」
アザレアはにこやかにその人物を睨みつける。目も声も笑っていない。その人物は、みるみるうちに顔色を青くすると、ぎこちなく笑う。
「あ……お、おはよー、アザレ……」
『ダーンッ!』
まだ何も言い終わらないうちに、アザレアはハイヒールを履いた足を高く上げ、
「っ……」
その人物の耳のすぐ横、鉄扉を勢いよく蹴りつけた。ひらりと捲れ上がる長いスカートと、そこから覗く肉付きの良い太もも。頑丈な鉄扉はびくともしないが、細いヒールがけたたましい音をたてて突き刺さる。その人物は唇の端をビクビクと痙攣させた。
アザレアは足をそのままに、とびきり華やかな笑顔を浮かべる。パシパシと、扇子を手に打ち付ける音が響く。
「――いい度胸してますわねぇ、宿直中に爆睡するなんて。とーっても寛容で、死ぬほど心優しいワタクシでなければ……このヒールは今頃、貴方の顔面のド真ん中を抉っていましたわぁ……」
「かっ、寛大なアザレア様の御心に……心より感謝申し上げます。――申し訳ありませんでしたっ!」
その男は、“平伏”という言葉がぴったりな、鮮やかな土下座を披露する。アザレアは大きなため息をついて、足を下ろした。
「チッ! ったく……あらら、失礼。バカも休み休みやってくれるかしら? アキラ」
「舌打ち――今、素が出て……ごめん、なんでも無い。ごめん、ごめんって!」
バシバシと扇子で叩かれ、アキラは素早く飛び退ると降参するように両手を上げる。
「いや、マジでごめん。どうしても眠い上にひとりだったから……」
そう言ってにへらと笑うアキラに、アザレアは諦めが滲むため息をつく。
「まったく……反省の色が見えませんわね」
「今度からは気をつけるって!」
爽やかな笑顔を浮かべながらうなずくアキラは、アザレアを見つめて首を傾げる。
「ところで、さっきの戦闘はどうなったわけ? イツキも飛び出てったけど」
「綺麗サッパリ片付けましたわぁ、あんなザコ。――そんなことはどうだっていいんですの。“兵器”になりたいって、わざわざダルグからいらしたアーティファクトのお嬢さんがいますの。通してくださる?」
アザレアはそう言って、シオンを振り返る。その目線につられて、アキラはシオンを見て――目を丸くした。
「んん? あれ、お前……」
「――やっぱり、”アキにい”だよな」
驚きを持って見つめる金色の瞳を見返して、シオンは呟く。その言葉に、アキラは口元を押さえた。