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「どうしましたの?」
アザレアはシオンを振り返って不思議そうな表情を浮かべる。
「あの……その」
シオンはどう説明したものか悩む。
自分がこの旅商隊付きの護衛では無いこと。そして……
「ああ、アザレア――さん。この嬢ちゃんは、“兵器”になりたくてここに来たんでさあ」
口ごもっているシオンを見かねてか、商人の男が彼女のかわりに口を開いた。シオンもうなずく。
「そうだ。あたしは、“首都”に来るために護衛を対価にここまで乗せてきてもらったんだ。だから、この人たち専属の護衛じゃ……」
「なるほど、そうでしたの」
商人の男とシオンの説明に、アザレアはうなずく。イツキがぼそりと呟いた。
「今どき珍しいな。“兵器”になりたいなんて」
「それは……」
再び口を閉じるシオンに、アザレアは優しく微笑みかける。
「まあ、誰にだって事情があるものですのよ。――お嬢さんはワタクシといらっしゃるといいわ。これから境界線基地に戻るところだったし」
「……いいのか?」
首を傾げるシオンに、アザレアはうなずく。その表情は穏やかだった。
「ええ。仲間が増えるのは大歓迎ですもの」
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「そう言えば、まだお名前を伺ってなかったわ」
イツキとキャラバンと別れ、アザレアとシオンは歩き始めた。
「シオンという。“大戦”中期の《アスピトロ公国》製で――最近まで、ダルグの地区防衛をしていた」
「あら。ダルグの地区防衛なんて、エリートさんじゃないですの」
笑いながらそう言うアザレアに、シオンは驚く。
「知っているのか?」
「ダルグについて? 勿論ですわ〜。“首都”は大陸の主要終点ですもの。物も人もお金も――情報も。あちこちからやってきますわ」
『遺物境界線』に等間隔で取り付けられた機械ランプの仄暗い明かりの下、ふたりは歩いていく。
「ああ、そうだ。せっかくだから“兵器”についてお話しましょう。――いま、“兵器”に所属しているアーティファクトは五十名弱。その殆どが『Ⅰ型』アーティファクトですわ」
「……そんなに、少ないのか?」
シオンは驚く。“兵器”といえば、大陸で一番大きな都市である“首都”を守る最強の戦士たちだ。
「てっきり、巨大な軍組織だとばかり思っていた」
「ふふ……よく言われますわ。でもそもそも、人間のもとに残ったアーティファクトなんて、数えられるほどしかいませんもの。その中の一部がワタクシたち“兵器”なら、そんなにたくさんいるわけが無いのですわ」
そう言って、アザレアは不意に足を止めた。
「かつての北方も南方も関係なく、ただ人間を守るためだけに今日まで生きてきた。“兵器”はそういう者たちの集まりですわ。どれだけ戦力が少なくても、命を賭して人々の生活を守り抜く。――貴女には、その覚悟がおありで?」
静かに凪いだ紫の瞳が、ひたとシオンを捉える。シオンも立ち止まって、そっと瞑目する。やがて目を開いた時、彼女の目は真っ直ぐにアザレアを見つめていた。
「そうじゃなきゃ、ダルグの防衛なんてしてなかったし――今ここにいない」
「……」
アザレアは黙ってシオンを見つめて――笑った。
「ふふふ、そうですわね。そのとおりですわ。――さあ、行きましょう? ベース本部のハッチはもうすぐですわ」
スキップするように軽やかに歩いていくアザレア。シオンはその背中を追った。




