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「ちょっとイツキ! こんなところで何してるんですの!?」
「うわぁっ!?」
目の前に立っている黒マントの男に、シオンは詰め寄ろうとしたが――突然、フリフリとした布の塊が空から降ってきた。それに押しつぶされて、シオンは呻き声を上げる。
「うぅ……」
「まあ! ごめんなさい、大丈夫?」
上品な声とともに、布の塊はシオンの上から飛び退る。顔をあげると、シオンと男の間にひらひらとした紫色のドレスを着た女が立っていた。
「大丈夫かしら、お嬢さん……って、」
再び起き上がったシオンを見て、その女はアメシストのような紫の瞳を見開いた後――低い声で呟いた。
「貴女、アーティファクトですの?」
「っ……」
その可愛らしい見た目にそぐわない、殺気のこもった声。わずかに上げられた手に握られた、黒光りする二挺拳銃。気圧されたシオンを見て、黒マントの男がため息をついた。
「この車の護衛だそうだ。そこの商人が証言している」
彼が指さした先にいた商人の男が、ぶんぶんと激しくうなずく。彼の後ろから出てきた他の商人たちも、不安げにこの様子を眺めている。女はもう一度シオンを眺めて、ふっと肩の力を抜いた。
「なーんだ、そうですの。それは失礼しましたわ」
彼女が穏やかに微笑んで、ぱっと両手の銃を手放すと、それは地面についた途端に消えてしまう。空いた右手を、女はシオンに差し出した。シオンがおずおずとその手をとると、女はぐいっと手を引いて、シオンの体を起こす。
「旅人の皆様、ようこそ“首都”へ! ……おもてなしもクソもない状況で大変心苦しいのだけれど、周りのアーティファクトは根絶やしにしましたのでご安心くださいな」
――殺伐とした荒野の空気に似合わない、ぱあっと輝くような笑顔に、シオンも商人たちも呆気にとられたように立ち尽くす。しかし、そんなことはお構い無しでその女は黒マントの男を振り返った。
「貴方がぼさ〜っとしている間に、ワタクシたちで片付けてしまいましたわぁ」
「……別にぼさっとしてたわけじゃない。車両の上まで来てた奴らを殺ったのは俺だ」
どこか不機嫌そうに目を細める男に、女はふっと鼻で笑って見せた。
「まあ、そんなことどうだっていいですわ。――皆様は、ダルグからの旅商隊でよろしいかしら?」
「ああ……」
うなずいた商人の男に、女は柔らかく微笑みかけると続ける。
「すぐそこの通用口を開けますので、装甲車のまま中へどうぞ。旅客通行証をお持ちなら、すぐに入れますから」
「おお、大丈夫だ。持っているぞ」
「でしたら、そこの無愛想で死んだ魚みたいな目をしたアーティファクトが先導して案内いたしますので、ついていってくださいな」
「……一言も二言も多い女だな」
チッと思い切り舌打ちをした黒マントの男とくすくす笑う女を、商人たちは驚いたように見る。
「に、兄ちゃんたち、アーティファクトだったのか!?」
「あら、『アーティファクトにはアーティファクトを』ですもの。――そう言えば、ご挨拶がまだでしたわね。境界線基地所属、『Ⅱ型』兵器のアザレアと申しますわ」
「……同じく。『Ⅲ型』兵器、イツキだ」
鮮やかなカーテシーと、ぶっきらぼうな低い声。シオンは思わず呟く。
「“兵器”……」
「ここで立ち話もアレですから、ご案内いたしますわ。そちらのアーティファクトのお嬢さんも、護衛でしたら一緒に入っていただいて構いませんから……。じゃあ、あとは任せましたわ〜、イツキ」
そう言って、アザレアは装甲車の上から飛び降りようと踵を返す。
「あ……ま、待ってくれ!」
――しかし、その後ろ姿をシオンが呼び止めた。