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「ん〜、そうそう。そうだったわぁ。……いい頃合いなんではないの? あかねが大元帥になってそれなりに経つし、『四都同盟』の面々にあかねの存在を見せるチャンスよ」
人差し指をピンと立てるマザー。的場は微笑んだ。
「マザーがそう言ってくれるなら安心です。――元老院のみんなもそう言ってくれたんですけど、最終決定権は僕にあるので。……やれやれ、荷が重い」
的場は、どこか芝居じみた動きで肩を落とす。その姿に、マザーは意味ありげに笑みを深めた。
「そんな事を言って、もう気持ちは決まっていたのでしょう? あかねが、どれだけ民のことを考えて動いてるかなんて、妾はよ〜く知っているんだから……妾の顔色なんて、伺わなくてよいのよ」
「ふふ……。それでもマザーに聞きたかったんですよ。――僕はまだまだ臆病者だ」
一瞬昏い表情を見せた的場だったが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。
「マザーの言質は取れたので、このままサミットを開く方向で進めてみます」
「そうねぇ、それがいいわぁ。頑張ってね」
マザーに軽く一礼をして、すたすたと地下広間を去っていくその後ろ姿に、マザーは呆れたように笑いながら静かに呟く。
「その臆病さが、どれだけ多くの人間を惹きつけているのか。それがわからないあたり、あかねもまだまだ“お子様”ねぇ。――権力に世論にメンツに。人の子というのは、まっこと生きづらい生きものよ」
真実を見通すその『眼』は、的場の背中を透かして、更にその先を視ていた。
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「――あら、先生。インナーは無しにしましたの?」
もうすぐ六月。いよいよ暑くなり始める空の下、修練場の階段に腰を下ろして銃の手入れをしていたアザレアは、そばを通りがかった天音に声をかける。
「ええ、暑いです。アザレアさんはよくそれで平気ですね」
いつもの七分袖の下から素肌の腕を覗かせる天音は、アザレアを見て眉をしかめた。
「摂氏27.5℃。五月の終わりにしては、随分と暑いですわねぇ。ワタクシ、先生と違って気温は数値としてしか感じませんので、ぜーんぜん平気ですわぁ」
アザレアのあっけらかんとした笑いは、天音にじっとりと睨まれて苦笑になる。
「……『見てるだけで暑い』とか文句を言われてもいけないので、半袖を用意することを善処しますわー」
「もう思ってます、」
ぼそりと呟かれたその声は、すぐに修練場から聞こえてきた凄まじい歓声――というよりかは怒声によってかき消されてしまう。天音はそちらを向いた。
「なにかあったんですか?」
「ああ。イツキが新しい武器を手に入れたから、それで手合わせをしてほしいっていう“兵器”がわらわらと集まってるんですわ。――バカですわねぇ、勝てるわけ無いのに」
「……あのサイス、“精霊の加護”を通すんですけど大丈夫でしょうか」
不安げな眼差しの天音に、アザレアは笑いかけた。
「心配いらないですわ。将軍が『俺も手合わせがしたい!』なんて言って、同じサイズの鎌を木で作ったんですもの。先生が作ったんじゃないから、プロテクションなんてこれっぽっちも通しませんの。木刀ならぬ“木鎌”ですわぁ。――ああ〜! 馬鹿ったい」
のけぞるように天を仰ぐアザレアを横目に、天音は少しだけ戦闘が行われるフィールドに近づく。
「待てっ! 聞いてない聞いてない、強すぎるって!」
「……うるさ」
叫び声を上げながら逃げ惑う“兵器”を、イツキが木製の鎌を振り回して追い立てている。
自らの手足のように鎌を振るい舞い踊るイツキの様子に、天音は目を奪われた。
「……《血紅石》製の紅い鎌だったら、もっと綺麗なんだろうな」
「戦う様子を“綺麗”なんて言うなんて、相変わらず先生は不思議ですわねぇ」
食い入るようにイツキの動きを眺める天音を見て、アザレアは優しく微笑む。
青い空に、また歓声が吸い込まれていった。