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「――それで、怪我人は出なかったんですか?」
「ああ。だからお前の出る幕はないぞ」
敵兵の処理を終わらせてイツキが部屋に戻ってくると、天音がベッドに腰掛けて待っていた。曰く、戦闘の様子をずっと窓から見ていたらしい。
「でも、角度的によく見えませんでした。――途中、おそらく最前線だったであろうところで、砂煙がすごく上がってたんですけど……あれって、イツキですか?」
「さあ。つか、寝てろよ病人。安静はどこにいった」
イツキの言葉に、天音は不機嫌に眉を寄せる。
「“首都”史上最大の襲撃だって言ってるのに、おちおち寝てられるわけがないじゃないですか! 病人だろうがなんだろうが、修繕師は私一人ですよ?」
万一に備えて準備してました。と、天音は足元の工具箱をペチペチと叩く。
「まあ、私の仕事がないのが一番ですからいいですけど。――それで、武器の使用感はいかがでしたか?」
マントを外してかけ釘に掛けるイツキの背中に、天音はわくわくと問いかける。手袋を外しながら、彼は訝しげに目を細めた。
「なんで大鎌なんだよ。もっとあっただろ? 他に」
「え、使いづらいですか?」
きょとんと首を傾げる天音に、イツキは息をつくと彼女の隣に腰を下ろす。
「別にそうじゃない。むしろ使いやすいが……変わった趣味だと思って」
「だって、大鎌っていかにも『死神』っぽくないですか?」
かっこいいでしょう? と、天音は目をキラキラさせる。イツキはあからさまにため息をついて顔を伏せた。
「――知ってた。深い理由なんて無いって……知ってた」
「な、なんでそんなに残念そうなんですか!? 勿論実用性が一番ですが、見た目だって大切ですから」
天音は身を乗り出してイツキを睨んだが、そのまま不満げにそっぽを向いてしまう。その横顔を、イツキはじっと眺めた。
「――ありがとう」
「え……?」
突然ぼそりと呟かれた低い声に、天音は目をみはる。イツキはその目を見つめて、囁くように言った。
「武器、作ってくれてありがとう。――こんなふうに気にかけてもらったことが無かったから」
嬉しかった。
イツキはほんの僅かに微笑んで見せる。その表情に、天音はぼんやりと見とれた後――慌てたように視線を彷徨わせた。
「しっ、仕事ですし……いやあの、あなたのことを心配してるのは本当なんですけどっ! だから、その……」
「わかってる……ふっ、」
頬を桜色に染めてあたふたと言葉を連ねる天音に、イツキは今度こそ吹き出す。そんな彼に、天音はぎゅっと眉根を寄せて突っかかった。
「もう、笑わないでくださいっ! 悪いのはイツキですから」
珍しく感情的に叫ぶ天音を、イツキは軽くいなして笑い続ける。
窓から差し込んだ淡い光が、静かにふたりを照らしていた。
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「――んふふ。ほんとに可愛らしいわぁ、この子たちは」
「何を視ているんですか? マザー」
首都中枢塔の地下。どこか遠くを見つめてくすりと笑うマザーに、的場は首を傾げる。
「あらあら〜。普段はこんなに笑わないのに――無自覚にお互いが愛しくてしょうがないんだわぁ」
「?」
なんのことだかさっぱりわからない的場は、ただ疑問符を浮かべることしかできない。マザーは再び視線を的場に合わせた。
「あら、話の腰を折ってしまったわねぇ。何だったかしら?」
頬に手を当ててとぼけた表情をするマザーに、的場は苦笑した。
「『四都同盟』の同盟会合を近々“首都”で開きたい、という話ですよ。マザー」




