14,
「はあ……。すみません、ちょっと変な子なんです……」
「……“ちょっと”ではないな」
呆れ返ったような目で、ルクスが飛び去った空を眺めるイツキの隣で、天音は窓枠に残ったランチボックスを持ち上げる。
「それ……」
「ああ。これは朝ごはんです」
天音はソファーに腰を下ろして、それの蓋を開ける。中には卵とハムを挟んだホットサンドが入っていた。
「境界線基地の敷地内にある食堂の子が、遅くなると届けてくれるんです。……普段は、もう少し早い時間に食べに行くようにしているんですけど」
彼女はホットサンドをひとつつまんで咥えると、エプロンを着た。
「寝過ごしてしまったので……早速、作業を始めます」
昨日と同じ場所にイツキを座らせると、天音はホットサンドを咥えたまま工具を持つ。
「……食べてからやれよ」
「時間が惜しいです」
よくあることなので問題ないです。天音はそう言ってホットサンドを咀嚼すると、――イツキの体に工具を突き立てた。
<><><>
「あぁ〜っ!やっと終わりました……」
再び空が赤く染まり、部屋の中も明るく照らし出される。
天音が工具を持ったまま、ソファーの上でのけぞった。
「はあ……」
イツキも息を吐き出して体を動かす。
「結局、一日仕事になっちゃいましたね。――どうですか?動かしづらいとことか、痛いとことかありませんか……?」
天音がどこか不安そうに尋ねる。イツキはしばらく、手を握ったり広げたり、足を動かしたりしていたが、やがて天音を見る。
「今までで一番、滑らかに体が動く……」
自分の手を不思議そうに見て、イツキが呟く。その言葉に天音はまたソファーの上で仰向けに脱力する。
「よかった……うまく直って」
ホッとしたような表情の彼女を一瞥してイツキは服を着る。
「……その……なんだ。――助かった」
天音から視線をそらしてボソボソと呟くイツキ。天音はキョトンとしたように、目をパチパチと瞬かせる。
「ふふっ……」
「……!」
小さな笑い声に振り返ったイツキは、ジワリと目を丸くする。天音が彼を見上げて笑っていた。
――細められた蒼い澄んだ瞳が。桜色の唇が描く、ゆったりとした弧が。
花開くような美しさを持っていた。
「律儀なんですね。当然のことなのに」
クスクスと揶揄うように肩を震わす天音から、イツキは再び目を逸らす。
「……うるさい」
見ていられなかった。……今まで、こんな顔で笑いかけられたことがなかった。
――なんだよ、これ
意味のわからない……強いて言えば“感情”のようななにかに、イツキは静かに揺り動かされた。