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「……どこにいやがる」
警報が鳴り響く中、イツキは立ち上がって窓の外を睨む。彼が索敵を発動させるために目を閉じるのを、天音は固唾をのんで見つめた。
「……」
「いましたか?」
天音の問いかけに、イツキは軽くうなずくと、耳に手を当てた。
「こちらイツキ。ローレンス、敵を見つけた」
『了解。位置は?』
天音には聞こえないが、電波状況の影響でガサガサと掠れた、ローレンスの声がイツキには聞こえる。
「ボーダー外周南西。距離は四百メートル。急いだほうがいい。俺もすぐに向かう」
『え!?お前、先生の様子を見てるんじゃ無かったのか?』
顔が見えなくても伝わってくるローレンスの驚きに、イツキは冷静に答えた。
「本業が優先だ、他は知らん。とにかく急げ。かなり近くまで迫ってきている」
イツキは強引に通信を切ると、天音を見た。
「武器は今すぐに使えるのか?」
「ええ、一応。使用方法はさっき話したとおりですし……。でも、まだ使って調整が済んでないので、うまく使えるかどうか」
天音は眉を下げる。その不安そうな表情に、しかしイツキはわずかに唇の端を吊り上げた。
「じゃあ、試運転になるな。丁度いい」
その言葉に、天音は深くため息をつく。
「敵を舐め過ぎでは……?」
「異形でもない限りは、所詮ザコだ。それに、調整も何も、変態のお前ならどうせ俺びったりに作ってあるんだろ?なら問題ない」
「――変態」
不服そうに呟く天音の表情に、イツキはまた微かに笑う。
そのまま彼女に背を向けると、ドアを開けて振り返った。
「行ってくる。――大人しくしてろよ、天音」
どこか優しげな声色に、天音は目を丸くして――淡く微笑む。
「言われなくてもそうします。……行ってらっしゃい、イツキ」
ドアの閉まる音に、天音は短く息を吐き出すと立ち上がる。わずかによろめきながら、窓枠を掴んで外を見た瞬間、
視界の端で、轟音とともに砂煙が立ち上るのが見えた。
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「おうおう……えらく量が多いなぁ」
ゲンジが呟く。しゃがみこんで無線機を操作していた“兵器”のひとりが、ゲンジを見上げた。
「ローレンスからの情報によると、二百は超えているとか。――過去最高数を、あのときの二倍で更新ですね……。へへっ――“首都”近郊のアーティファクトが減ったと思ったら、このザマだ」
圧倒的な敵の量を目の前にして、もはや笑うことしかできない。“兵器”たちは互いに顔を見合わせた。
「……とにかく、先行部隊は前へ。できるだけ数を削ってくれ。限界が来たところで、後方と入れ替える」
ゲンジのだみ声に、アキラとアザレアが前に出た。他に数人の“兵器”たちも、その後ろにつく。
「了解。――循環戦法か。長期戦必至ってところかな。アザレア、援護を」
「わかっていますわ!」
抜き身の“本体”を軽く振って、アキラはアザレアを見やる。彼女はうなずくと、両手の中に現れた銃を握って構えた。
「じゃあ行くぞ、お前らっ!一匹たりとも中に入れるな!」
「「おう!」」
ゲンジの叫び声に、“兵器”たちは一斉に動き始める。先陣を切るアキラとアザレアは、颯爽と敵陣に切り込んでいく。
「後方、散開してできるだけ広く守れ。……ローレン、中の避難は済んでるんだろうな!?」
『当たり前だろう。残っているのは境界線基地職員の一部くらいだ。一般市民の避難は完了している』
無線機から聞こえたローレンスの声に、ゲンジはうなずく。
「耐えている間にどれだけ削れるか、だな……」
既に、先行部隊の第一防衛線を抜けたアーティファクトもちらほら見え始めている。後方――第二防衛線でも、交戦が始まった。




