135,
「武器?」
「アザレアさんの二挺拳銃を見たことはありますか?」
イツキはうなずく。
「たしか、お前に作ってもらったとアザレアは……」
「ええ。あれと同じ技術で、この歯車を作りました」
天音はハンカチに乗ったままの歯車を膝の上に置くと、工具箱を開く。
「アーティファクトの現身について研究する中で、編み出した技術です。あらかじめ用意しておいた物体を仮想情報に落とし込んで、歯車やその他の機械部品に保存しておくんです」
そう言いながら、天音は工具をいくつか取り出してイツキを見つめる。
「ところで、利き手はどっちですか?」
「は?」
突然の天音の問いかけに、イツキは疑問符を浮かべる。
「だから利き手です。右手ですか、左手ですか?」
「――利き手の概念は無いが……強いて言えば、右か」
訝しげな表情をしながらも答えるイツキに、天音はうなずいた。
「そうですか。では、シャツを脱いでください」
「だから、なんでそうなる……」
真顔でなんの脈絡もないことを言う天音を、イツキは呆れたように眺める。天音は嘆息した。
「全部説明するのはめんどくさいんですけど……。歯車を取り付けるだけですよ?」
「流石に、得体の知れないものを体の中に入れるのは、嫌なんだが」
渋るイツキに、天音は眉を寄せながらも説明を続けた。
「アザレアさんの二挺拳銃と同じです。この歯車には、私が作った武器のデータが格納されていて……これを取り付けることによって、武器を使えるようになります」
「でも、武器は俺にとっては無意味だ」
イツキはうつむいて呟く。その声には諦めがこもっていた。
「俺の“精霊の加護”は、対象に直接触れないと発動しない。――お前も知っているだろう」
「ええ」
天音はうなずく。その表情は至って真面目だった。
「だったらなんで……」
「まさか、私がそんなことも考慮せずに武器を作った、とでも?」
心外だ、と言わんばかりの刺々しい口調。天音はじっとイツキを見つめた。
「旅商隊に紛れていたアーティファクト――カイトさんのこと、覚えていますか?」
「忘れようが無いだろう、あんなこと」
天音の問いの意図が見えないまま、イツキは正直に答えた。
「カイトさんの“本体”は、改造による特異点によって、彼が死んでも消えることは無かった。その残った“本体”が――プロテクションを媒介して、増幅させる特殊な素材でできていることに気づいたんです」
「……」
天音はその特徴を見つけるに至った経緯と、詳しい内容を説明する。イツキはそれを黙ったまま聞いていた。
「――プロテクションを媒介……あいつの“本体”で、俺に武器を?」
「ええ。と言っても、本体はほとんど《血紅石》を使って作りました。あなたが振り回すには強度が足りなくって。でも、ちゃんとプロテクションを通すようには作ってありますから、心配しないでください」
そう言って、天音は工具を持ち上げる。
「右手が利き手なら――そうですね、右の肩甲骨の辺りに歯車を入れるので、みせてください」
「わかった」
イツキはようやく納得がいったのか、片肌を脱ぐ。顕になった右肩に、天音は手をおいた。真剣な面持ちで、メスのような器具を使って人工皮膚を裂いていく。
「この歯車の中に、武器本体をデータとして保存してあります。使い方としては、右手を伸ばして握ってもらうと、手の中に現れるようになってます。手から離れて地面についた瞬間に、元のように収納されてしまうようにできているので、注意してください」