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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter4,『死神の旋律』
133/476

133,

「熱は下がったようだね。ひとまず安心した」


「ありがとうございます。セレイネさん」


 天音の額に手を当てて、セレイネは息をつく。ごつごつとタコができて、節くれだった手。天音はペコリと頭を下げた。


「過労から出た熱だったから、言うほど何もしてないがね。熱冷ましを飲ませたくらいさ。――それより、大丈夫だったかい?」


「……何がですか」


 セレイネの黒い目はじっと天音を見つめる。天音は目を瞬かせた。


「眠ってる時は、まるで人を寄せ付けないのに……あの“兵器”はなんとも無いのかい?」


「え。……そ、れは」


 天音は言葉に詰まった。

 意識が無いときに、人がそばにいるのが怖い。何をされるかわからない。そう思ってしまうほど、天音は人を信じることができなかった。人間だろうがアーティファクトだろうが、天音には等しく敵なのだ。


 そのはずなのに。

 熱に浮かされて、昨晩の記憶は朧げにしか無い。でもその記憶の中にずっと誰かが――イツキがいた。

 ぼんやりとした視界の端に、彼はずっとそばにいてくれて。触れられる感覚と声だけが、やたら鮮明にあって。

 それなのに、怖いと感じなかったのだ。夢かうつつかもわからない状況の中で、むしろそばにいてくれなければ怖いと感じてしまうほどに、心のどこかで彼を求めていた。


「なんか、平気でした」


「なんかって……適当だね」


 セレイネは呆れたように呟いて、息を吐き出す。

 そこに、アザレアが戻ってきた。


「お話中でした?」


「いいや。今終わったところだ」


 その言葉とともにセレイネが立ち上がる。

 そこからは、ふたりに手伝われて着替えて、薬を飲んで。そうやって過ごす間に、セレイネとの会話を天音は忘れていた。


「――じゃあいいね。暫くは安静にすること。あんたの熱はすぐぶり返すんだから」


「わかってます」


 治療が全て終わり、帰り際のセレイネにそう釘を刺されて、天音はうなずく。


「ああ、そうですわ。工房の窓の方は、ローレンスが手配して明日には直るそうですわ。さっきイツキに聞いたら、この部屋はまだ使ってもいいって言ってましたから、今晩だけここにいてくださいね」


 アザレアもその後について立ち上がりながら、天音に微笑みかける。天音は首肯した。

 セレイネは息を吐き出す。


「――あまり無理をしすぎないことだよ、天音。と言っても、聞かないだろうけどねぇ、あんたは」


「善処します」


 ムスッとした顔の天音に、セレイネは苦笑するとドアを開けた。


「それじゃあ、お大事にね」


 そう言って、後ろ手にひらりと手を振るセレイネとアザレア。ふたりを見送って、天音は顔を伏せると息を吐き出した。



<><><>



「――それで、俺はどうすればいい?」


 不意に声が聞こえて、天音は顔を上げる。ベッドの脇に、音もなくイツキが佇んでいた。

 その表情はいつもどおりに。いや、いつも以上に無表情で、どことなく険しくすら見えた。


「あの、さっきは……呼び捨てにしてしまってすみませんでした。いや、でしたよね」


 驚いたのと、先ほど感じたいたたまれなさから、天音は彼から目をそらす。わずかに震える声と、自分に対する例えようのない嫌悪感。どういう表情をしていいのか、わからなかった。

 しかし、イツキはそのままベッドの端に腰を下ろす。沈み込むベッドの、スプリングの軋む音。近くなる視線に、天音はたじろいだ。


「あ、の……」


「……嫌なら、呼んでいいとは言わないが」


 イツキは落ち着いた声色でそう呟く。天音は驚いたように目を丸くした。


「え」


「呼びたくないならそれでいい。お前の好きにすればいい」


 耳に触れる、心地の良い低い声。天音がおずおずと顔をあげると――穏やかな紅い目と目が合った。

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