132,
「ルクス。いるんだろ」
『ココ!』
イツキが窓の外に向かって声をかけると、窓枠越しにルクスが顔を出した。
「ルクス……」
『マスター、ダイジョウブ?』
天音を上から覗き込んで、ルクスは首を傾げた。うなずいて見せる天音を横目に、イツキはルクスに言う。
「あの医者に、こいつの目が覚めたことを知らせてこい。――早くしろよ」
『イワレナクテモッ!オマエハ、コワクナイ。デモ、セレイネハ、コワイ』
パタパタと飛び立ったルクスの後ろ姿を、イツキは睨みつけた。
「バカ鳥が……」
「セレイネさんが――いるんですか?」
両手をついて上半身を起こしながら、天音は問う。イツキは無言のまま、彼女の背中を支えた。
「……ありがとうございます」
「お前が起きたら呼ぶようにとだけ言って、あの医者はどこかに行った。――俺にお前を押し付けてな」
どこか不機嫌そうなイツキの表情に、天音は眉を寄せた。
「――ごめんなさい」
「はあ……」
イツキはため息をつく。紅い目が鋭く天音を見た。
「一体、あんなに無茶をして何をしていたんだ?」
「それは……」
どう答えたものかと天音が顔を伏せた時、ドアが開く軋んだ音が聞こえた。
「やっと目を覚ましたかい。どうだい?調子は」
「――セレイネさん」
そこに立っていたのはセレイネだった。後ろにはアザレアもいて、天音に控えめに手を振っている。
ベッドに近づいてくるセレイネを見て、イツキは天音の背中から手を離した。
「おい、あんた」
「出てけって言いたいんだろ?わかってる」
イツキはうざったそうにセレイネを見て、彼女と入れ違いにドアの方へ歩いていく。
その姿に、天音は何故か不安を覚えた。
「ま、イツキ……」
気がつくと、彼の後ろ姿に向かって手を伸ばしていた。イツキがちらりとこちらを振り返る。その目は、淡々と天音を見ていた。
「……」
「ぁ……」
咄嗟にイツキの名前を呼び捨てにしてしまったことに気づいて、天音は口元に手を当てる。――昨晩それを許された気がしたが、あの時意識が混濁していた天音には、それが現実のことなのか夢の中のことなのかが判別できない。
――しまった、
怒らせてしまったのではないかと天音は身構える。無意識のうちに両手を胸の前で握りしめていた。
が、イツキはそんな彼女から目をそらし、ふいっとドアの方を向く。
「外で待っている」
これまた淡々とした声とともに、彼の姿は部屋の外へと消えてしまった。
「まったく……やたらに無愛想な機械だね」
セレイネはそう言って顔をしかめると、上着を脱いで持っていたバッグを開いた。
「……大丈夫ですの?先生」
「え?――あ、はい。大丈夫、です」
その横で、アザレアが黙ってしまった天音の顔を覗き込む。天音はぱっと顔を上げて――何かに気づいたようにきょろきょろと部屋の中を見回した。
「ここ……工房じゃない?」
「あー。えっと、ルクスが工房の窓を割ってしまって……。わざとでは無いのですわ!ちゃんとわけがあって」
「なんとなく察しました。――どうせ、部屋も汚かったですし」
天音の言葉にアザレアは苦笑する。天音は眉を寄せた。
「じゃあ、ここは」
「“兵器”宿舎のイツキの部屋ですわ。他に空いているところがなくて」
「……え」
天音は目を丸くする。白い壁と僅かな家具だけの殺風景な部屋。アザレアはクスリと笑った。
「先生をここまで運んだのも彼ですわ。ああ見えて、意外とお人好しみたい」
「ふん。なにがお人好しさね、アレの。アザレア。無駄口叩いてる暇があったら、水を汲みなおしてきな」
アザレアに水差しを押し付けると、セレイネはドアを顎で差す。
その後ろ姿を目で追って、セレイネは天音に向き直った。




