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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter4,『死神の旋律』
130/476

130,

 ――どのくらい経ったのだろうか。

 時計が無いため正確な時刻はわからないが、カーテンの外はもう昏い闇の底に沈んでいる。



「……だ。や、だ……っ」



 不意に聞こえた掠れ声に、イツキは目を開けると脇のベッドを見つめた。


「――どうした?」


 握ったままの小さな手が、更に熱く汗ばんでいることに気づく。サイドチェストの機械ランプが、ぼんやりと辺りを照らす。

 ――そこに映し出されているのは、苦しげに眉を寄せる天音の表情だった。


「はっ……はぁ、」


 はくはくと荒く呼吸をする唇。汗が滲む額。イツキは彼女を覗き込む。


「おい……」


「や、やら……ご、めん、なさい」


 泣きそうに震える、舌足らずな声が叫ぶ。


「やめて……やめてっ!」


「落ち着け、どうした……?」


 びくりと暴れる彼女の身体を、イツキは咄嗟に押さえつける。細い足が、弱々しく宙を蹴って藻掻いた。


「ごめんな、さい……ごめん、なさ、い――」


 白い睫毛の隙間から、じんわりと涙が滲んで頬を伝う。

 おそらく、悪夢かなにかを見ているのだろうが――何度も何度も謝りながら、天音はすすり泣いていた。


「も、しないで……やめ――や、ら」


「しっかりしろ、おいっ、」


 どれだけ呼びかけて身体を揺すっても、天音が起きる気配はない。


 ――このままだと、


 壊れてしまうのではないか。

 そう思ってしまうほどに、天音は酷く錯乱していた。


「やら……やめて、おね、がい」


 弱々しい懇願。すすり泣きが大きくなる。


「やら……ころ、さ、ないで……っ!」



「――天音。」



 ――気がつくと、イツキは彼女の名前を呼んでいた。

 途端、天音の身体が震えて、涙で滲んだ蒼色の目が薄く開く。


「う、ぅ」


「天音……」


 彼女の目をじっと見つめ、イツキは低い声で呟く。


「俺がわかるか?天音」


「――い、つきさ……」


 ぼんやりと潤んだ目が、ようやっと焦点を結ぶ。呂律の回らない小さな声が、イツキの名を呼んだ。


「は、ぁ……。ごめ、なさい」


「――どうして謝る?」


 イツキは、汗で額に張り付いた天音の前髪を、人差し指の背でそっと掻き上げる。ビクッっと震えて目を閉じる天音。イツキは彼女の体の上から退いた。

 その瞬間、天音が激しく咳き込む。


「み、ず……」


「水、飲むか?」


 掠れた弱々しい声に、硝子の水差しからコップに水を移すと、イツキは天音を抱き上げる。差し出されたコップに懸命に手をのばす天音の身体を抱いたまま、イツキはコップに触れる天音の手ごと、包むように支えた。

 コクコクと喉を鳴らして水を飲む天音の様子を、イツキはじっと見守る。


「ふ、ぅ」


「怖い夢でも見たのか?」


 コップを置いて天音を抱いたまま、イツキは囁く。その腕の中で、天音はぼんやりと力を抜いていた。


「おとうさまも、おかあさまも……みんな、し、死んじゃう、ゆ、め……」


「――そうか」


 天音の震え声に、イツキはただそう答える。彼女の身体を布団に横たえて、毛布をかけてやりながらイツキは呟いた。


「そんなモノは、ただの夢だ。さっさと忘れて、寝ろ」


 そう言って、イツキは天音の髪を指で梳る。その優しい手付きの心地よさに、天音はうとうとと微睡んだ。


「いつき、さ……ん」


「――息が続かないなら、呼び捨て(イツキ)でいい。大人しくしてろ」


 そう言ってイツキは髪を撫で続ける。そんな彼を見つめて、天音はふらふらと手を伸ばした。


「いつき。――て、握って……」


「……」


 彼女の要望通り、イツキは差し出された右手をそっと握る。天音はその手を、両手で力の限りに握りしめた。


「いつきのて、つめ、たくて……きもち、い」


「――そうかよ」


 視線を逸したイツキの顔は、天音からはよく見えない。しかし天音は、大きなイツキの手に、そっと頬を擦り寄せた。

 そのまま眠ってしまった天音を、イツキの紅い目だけが強い“感情”を持って見つめていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 物事や、心情の表現がとてもすごいです! 自分には、到底できそうもなさそうです。ですが、参考にさせていただきます。
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