13,
『コンコン、コンコン……』
規則正しい、何かを叩く音が響く。
――ん……?
目を開けると、自分のベッドで寝ているのが分かった。
大きな枕を抱きしめて、顔を埋める。が、音はまだやまない。
「んーっ……ふああ……」
天音は起き上がって伸びをする。大きなあくびを一つして、目を擦った。
――今、何時だ……?
『コンコン、コンコン』
起き上がっても、音はまだやまない。
「うるさいな」
一旦起き上がったものの、天音は再びベッドに横になる。『まだ寝たい』という欲には勝てなかった。
『コンコン、コンコン……。ガチャリ、』
――ん?
『ガチャリ』?
「っ、あ!」
窓を開ける音が聞こえ、音の正体にようやく気づく。
天音は慌てて立ち上がって、パーテーションの外側に顔をのぞかせた。
「――ああ、起きたのか」
「っ……お、はようございます――」
昨日、天音が放ったらかしにしてしまった患者が、窓を開けてこちらを振り返っていた。
「これ……入れても大丈夫なやつだったか?」
その男――イツキは、窓辺にとまった真鍮製の小鳥を指差す。
「……大丈夫、ですよ。それ、私の“自動伝書機”なので」
天音は裸足のまま窓に近づく。明かりの下に出たせいで、昨日と同じ格好をしているのに今更ながら気づいた。
キャリアー・ピジョンは、小さな紙の箱の上で首を傾げて天音を見ている。
「キャリアー・ピジョン?……随分と古風なものを使っているんだな」
イツキの呟きに、天音は苦笑する。……イツキが活躍していた“大戦”中でさえ流行遅れと呼ばれていた上、今となってはほとんど使われることのない代物だ。
「“光”と呼んでいます。――それ、こう見えても現身を持たない“骨董遺物”なんです。……五年くらい前に『遺物境界線』の外に落ちているのを拾って、私が直したんですけど」
天音はそう説明して、ルクスの頭をつつく。足元の箱は、紙製のランチボックスだった。
「また、ローリエさんが送ってきてくれたの?」
天音は微かに微笑みながら、ルクスに尋ねる。すると、それは嘴を大きく開いた。
『ローリエチャンカラ、デンゴン、デンゴン!“オネーチャン、アンマリヨフカシハ、メッ!ヨ”。ホラ、ローリエ、チャン、スゴクヤサシイッ!!』
「……なんだ、この奇妙な鳥は……」
けたたましい機械音声で鳴き叫ぶルクスを、イツキは呆気にとられたように見つめる。天音はきまり悪そうに頬を掻いた。
「喋ったら面白そうだなって思って……この子を拾った当時、仕事が立て込んでてほぼ寝れなくって。深夜テンションのまま、余ってた人工声帯を組み込んだら……こんな声になっちゃって」
「……可哀想に」
同じアーティファクトとして思うところがあったのか、イツキは気の毒そうに呟く。と、ルクスがイツキの方を見た。
『ナンダ!?コノ、テツメンピハ!天音、コイツ、“ムッツリスケベ”デッセ!』
「「……」」
一瞬、春だと言うのに、空気が凍りつく。
「……こいつ、殺してもいいか」
ルクスの言葉に、イツキが表情を消して手を伸ばした。天音が慌てて、すんでのところでルクスを掬い上げる。
「ちょっ、駄目です!……ルクスも!そんなバカみたいな偏見をどこでっ……」
天音の手の中でジタバタと暴れるルクスを、イツキは苦々しげに睨みつける。
「……この、バカ鳥が、」
『ウルサイ、テツメンピ!』
天音の手をすり抜けたバカ鳥は、イツキにそう吐き捨てるといそいそと大空に飛び去った
ルクス
種族:アーティファクト(Ⅱ型)
天音の“自動伝書機”。製造は第一次機械戦争の少し前で、『遺物境界線』の外側に落ちていたのを天音に助けられる。性格は良くないが、優秀な伝書鳩。