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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter4,『死神の旋律』
129/476

129,

「あんたがイツキかね」


 ドアを閉めた途端かけられた声に、イツキは静かに振り返る。


「――そうだが」


「あんた……この子になにかしたのか」


 鷹のように鋭い黒色の瞳。イツキはその視線を受け止めて、首を傾げる。


「修繕師に、俺が?」


「あんたの名前を呼んだんだよ、この子が」


 セレイネは天音を顎で指す。イツキも鋭く目を細めた。


「そんなことを言われても知らない。――ここまで運んできたのは俺だが」


「それだけかね。本当に」


 探るようなセレイネの目に、イツキはただうなずいた。

 暫く、ふたりは黙って見つめ――いや、睨み合う。


 すると、


「いつき、さん……?」


 不意に天音が掠れた声で呟く。起きたのかとイツキとセレイネは天音を見るが、彼女は眠ったままだった。


「……さっきから、ずっとこんな感じであんたを呼んでるんだよ」


「いや、身に覚えが無い……」


 少し近づけとセレイネに目で促され、イツキはベッドに近づく。

 その途端


「ん……んう、」


 マントの裾を引っ張られる感触に、イツキは振り返る。小さな呻き声とともに、天音の細い手が彼のマントを掴んでいた。


「……はあ? なんで」


 イツキは、不機嫌に目を細めてマントを引くが、天音は眉を寄せて更にぎゅっと手を握る。

 セレイネはそんなイツキと天音を驚いたように見つめた。


「これは――驚いたね」


「何がだよ」


 イツキは困惑したような表情を浮かべる。セレイネは飄々と言った。


「気が変わった。あんた、“兵器”なんだろう? ローレンスには言っておくから、そばにいておやり」


「……はあ?」


 思わず大きな声が出たイツキを表情で咎めて、セレイネは言葉を続けた。


「なんの因果があって天音があんたを呼ぶのかは知らないが……そばにいてほしく無くて、わざわざ名前なんて呼ばんだろう。ほら、拒否権なんて無いよ」


「いや、でも」


 イツキはセレイネに食ってかかろうとする。が、セレイネは立ち上がって上着を羽織った。


「看ていておやり。アーティファクトなら、病人の看病くらいわかるだろう?」


「いや……」


 イツキが困惑に言葉を失っている間に、セレイネはドアを開けて去っていってしまう。

 あとに残されたイツキは、マントの裾を握りしめられたまま、呆然と佇んでいた。



<><><>



 ――どうしろっていうんだ


 ベッドに横たわる小さな身体に、サイドチェストに置かれた水差しとコップ。イツキはため息をつく。


「離せ。おい」


 イツキはマントの端の白い手を掴む。びっくりするほどに熱を帯びたそれは、既に力を失っていてあっけなく外れてしまった。


「……」


 イツキの片手で、すっぽりと包み込むことができる手。その手をそっとベッドの上に戻してやると、


「ぅ、」


 まるで掴まるものを探しているかのように、その手はふらふらとベッドの上を彷徨う。力なく宙を掻くその指を暫く眺めた後、イツキはまたため息をついた。


「――ああー、もう。わかったって」


 呆れたように呟いて、ベッドの脇に腰を下ろす。両手の革手袋を外すと、頼りなく揺れる小さな手を、イツキはそっと握った。


「……?」


 イツキの手の冷たさに気づいたのか、天音は薄く目を開く。蕩けた蒼色が、じっとイツキを見つめた。


「目を開けるな。寝ろ」


 軽く睨みつけて、イツキは彼女からふいっと視線をそらす。天音はぼんやりと、イツキと彼の手を交互に見比べていたが――やがて、力尽きたように再び目を閉じてしまう。

 イツキは、そんな天音の寝顔を黙ったまま暫く見つめる。彼女の手の甲を、親指でそっと撫でると、顔を伏せて目を閉じた。

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