127,
「アザレア、明かりつけろ」
ドアを開けたすぐ脇にあるスイッチを押すと、機械ランプの明かりに殺風景な部屋が映し出される。
「――貴方、本当にこの部屋使ってますの?」
「夜、数時間は戻ってきている。後は知らない」
天音を簡易ベッドに寝かせながら、イツキはどうでもよさそうに言う。背の高いクローゼットの横にある小さな窓を開け放つと、風が入ってきて埃っぽい空気が薄れる。
「――ぅ」
ベッドの上で、天音がまた小さく呻く。アザレアは口元に手をやると、背を向けてドアを開けた。
「お水と氷を持ってきますわ。体を冷やさないと」
去っていく足音を聞きながら、イツキは天音の横に立つ。
寝かせたときとは違って、横を向いて小さく丸まった格好で、天音は苦しそうに呼吸をしている。額に手を当てると、手袋越しにもじんわりと熱が伝わってきた。
ぼんやりと、天音はまた目を開ける。
「――大丈夫か?」
聞く必要はないほどに弱っているのはわかっていたが、聞かずにはいられなかった。天音は焦点の合わない目をイツキに向ける。
「ふ、ぅ……」
わずかに開いた唇から、熱い息が吐き出される。イツキは彼女の額に汗で張り付いた前髪を、そっと撫でるように掻き上げてやる。
ピクリと天音の肩がゆれた。
「何をしているんだい」
突然、ドアが開く軋む音とともに、しゃがれた声が部屋に響く。イツキはゆっくりと顔をあげた。
「誰だ?」
「ふん。こちらのセリフさね。その子から手を離しな」
そこにいたのは、短い白髪が特徴的な痩躯の女だった。歳は50、60といったところか。吊り目気味の黒い目が、鋭い色を持ってイツキを睨んでいる。
「“セレイネ”。そいつは……」
その女の後ろからアキラが顔をのぞかせた。その肩にはルクスが留まっている。セレイネと呼ばれたその女は、ずかずかと部屋の中に入ってきた。
「退きな。あたしは医者だよ」
「……」
イツキは無言のままセレイネを見下ろすと、ドアの方へ向かう。ちょうどすれ違うように、アザレアが戻ってきた。
「あ!セレイネ」
「アザレアか。あんたは入って手伝いな。あと、ルクス。天音の着替えを持ってきな、さっさとおし。――他の男どもはほら、出た出た」
アザレアが部屋の中に入ったところで、目の前でピシャリとドアを閉められて、イツキとアキラは顔を見合わせた。
「誰だ、あれは」
「だから医者だって、人間の。ベースの専属医の、セレイネ・アルトバトラ」
廊下の壁に背を預けて、ふたりはドアが開くのを待っていた。
「専属医って言っても、実際はこの近辺の町医者でもあるけどな。医者の数が足りてないから」
“災厄”――かつて起きたアーティファクトの反乱の際、第一線で活躍していた軍医だとか、そのときに四肢を失って実は義肢をつけているんだとか。アキラはそういう情報を淡々と語った。
イツキはぼんやりと自分の部屋のドアを眺める。
「大丈夫なのか、あいつ」
「――先生のことか?珍しいな。お前が誰かを心配するなんて」
いつもは無関心だろ?と、アキラは目を瞬かせる。イツキはふいっと視線を逸した。
「流石に、苦しそうだったから」
ぼそっと呟かれた言葉に、アキラは驚きを覚えた。
無愛想で周り――特に人間のことなんて心底どうでもいい。そういう性格なのがこの男なのだとばかり思ってきたが……最近は、そうでもない気がする。
どこか緊張に満ちた紅い目線を、アキラは横目で眺める。
そのとき、
「――イツキ、」
目の前のドアが開いて、アザレアが顔を覗かせた。




