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「!――修繕師が?」
『ハヤク……タ、スケテッ』
震えるルクスの声に、イツキは走り出す。ルクスはその後を低空飛行で追いかけた。
「――聞こえてるか、アキラ」
『ん?イツキか。どうした……』
修練場の前を通り過ぎ、長い廊下を勢いよく駆け抜けながら、イツキが無線連絡をしたのはアキラだった。間延びしたアキラの声に、イツキは早口で言葉を被せる。
「今すぐ修繕師の工房に来い。アザレアも連れて、できるだけ急いでだ」
『はあ?なんで、』
「いいから早く!」
階段を駆け上がって、イツキは強引に通信を切る。気がつけば、イツキの前をルクスが飛んで先導していた。
『ココ……アケラレナクテ。ボクハ、マドヲコワシテ、デタンダケド』
「――馬鹿なのかあいつは。鍵かけたままなのかよ」
イツキは工房の扉のドアノブを掴んで、激しく動かす。索敵を発動すると、確かに中には人の気配があった。
「おい、開けろ」
激しく扉を叩いても返事はない。イツキは舌打ちをうった。
「ったく、手間かけさせやがって」
そう言って一歩下がると、ルクスにちらりと目線をやる。
「下がってろ」
『ウ、ン』
ルクスが離れたことを確認して、イツキは軽く弾みをつけると、思いっきり扉を蹴飛ばす。
『ガターンッ!!』
長い脚が扉の真ん中を踏み抜く。蝶番ごと外れた扉は、部屋の中に倒れ込んだ。
もくりと立つ埃と視界の悪い薄暗い空間。奥の穴の開いた窓から、いよいよ強まってきた夜風が吹き込んでくる。
――そんな部屋の真ん中に、小さな人影が倒れ込んでいた。
「……しっかりしろ」
駆け寄って、うつ伏せに倒れた小さな身体を抱きおこす。熱を持ったそれは、くたりと力なくイツキの腕の中に収まった。
乾いた唇の隙間から、ヒュウヒュウと荒い息の音がする。
「おい、」
ぴくりとも動かない天音の身体を揺する。顔にかかっていた髪が、ふらふらと揺れて落ちた。
すると、
「ぅう……」
ふと、小さな呻き声をあげて、天音が薄く目を開いた。蒼い目は、熱に蕩けて虚ろにイツキを見上げる。
「い、つき、さん……?」
「!……気づいたか?」
切れ切れの掠れ声がイツキの名を呼ぶ。イツキは天音の顔を覗き込むと、紅い目でじっと彼女を見つめた。
「あ、の……」
苦しそうな息の隙間から、天音は何かを言おうとする。
しかし、次の言葉を口にする前に――
「イツキ!何があった……」
不意に後ろから二人分の足音と声がする。イツキが振り返るよりも前に、その声は息を呑む音に変わった。
「どうしたんですのっ!?」
アザレアが悲鳴を上げて駆け寄ってくる。気がつくと、天音はまたぐったりと目を閉じてしまっていた。
「ルクスが知らせに飛んできたんだ。――しくじった。索敵だと、対象の生命反応は見えても状態までは把握できないから……」
「っ――。とにかく、“セレイネ”を呼んでくる」
そう言って踵を返すと、アキラは部屋を飛び出していった。残されたアザレアは、イツキの正面に回り込んで膝をつく。
「酷い熱。――工房では看病できませんわ」
天音の額にそっと手をおいて、アザレアは表情を曇らせる。割れた窓と外れたドアと。部屋を見回してアザレアはため息をついた。
「どこか、他に空いている部屋はないのか?」
「――貴方がここに来たときに、“兵器”の宿舎の部屋は埋まってしまいましたし。他の空き部屋は、ベッドはおろか机も椅子もありませんもの」
眉を寄せるアザレア。イツキはわずかに考え込むように視線を下げたが、すぐに顔をあげた。
「じゃあ、とりあえず俺の部屋に運ぶ。――どうせろくに使ってないんだ」
そう言って、イツキは天音の身体を抱き上げて立ち上がった。アザレアも立ち上がると、イツキはデスクの上に留まっていたルクスを見る。
「アキラに、俺の部屋に移ったって伝えてこい。今すぐに」
『ワカッタ!』
ルクスの後ろ姿を見送って、イツキとアザレアも部屋を出て駆け出した。




