124,
起き出してきた“兵器”たちで騒がしい廊下を、ローリエも含めた四人は逆方向に歩いていく。
最後の角を曲がると、廊下はにわかに人気がなくなり、窓がなくなったせいで薄暗くなった。
『リン!』
ドアの横のベルを鳴らす。普段なら返事があるはずだが、何も返ってこない。アキラは、直接ドアをノックした。
「先生?」
それでもやはり返事はない。アキラはイツキを振り返る。イツキは軽く瞬きをした。
「――いる」
「静かですわね」
アザレアが首を傾げる。
「どうしよう……大丈夫かな」
オロオロと不安そうに眉を下げたローリエに、アキラは目を向けた。
「確かに心配だけど――こういうことって前にも無かったっけ?」
アキラの言葉に、アザレアは考え込むように宙を睨む。
「いつだったか忘れましたけど――二日くらいお部屋にこもって出てこなかったことなんて、一度や二度じゃないはず……」
「前科者だったか」
イツキの呆れ声に、アキラは苦笑する。
「先生、集中すると本気で周りが見えなくなっちゃうもんな〜」
「二日三日閉じこもってても、大抵出てきた時は普通に元気そうにしてますし……ここにいるってわかってるなら、そっとしておいて差し上げたほうがいいかもですわね」
アザレアとアキラは顔を見合わせる。ローリエはイツキを見上げた。
「……」
「生体反応はある。――生きてるなら、別に大丈夫だろ」
イツキの言葉に、ローリエはしばらく開かない扉を見つめていたが、やがてうなずいた。
「わかった……」
どこか不安げなローリエに、三人は天音が出てきたら伝えることを約束して、彼女を《ひととき亭》に送り届けた。
早足で朝礼が開かれるロビーへと向かいながら、イツキが呟く。
「ああは言ったが、本当に放っておいて大丈夫なのか?」
「……下手に邪魔してしまう方が駄目ですわ」
アザレアの答えに、アキラもうなずく。
「わざわざ鍵までかけて作業してるってことは、相当になにか重要なことをしてるんだろうし……邪魔すると多分すごく不機嫌になるし」
そのうち出てくるだろ。とアキラは笑う。
――しかし、
それから三日経っても、天音は部屋から出てくることは無かった。
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カーテンが引かれた窓。いくつかの機械ランプは、燃料不足でとうの昔に灯りを失っている。
そんな空気の澱んだ薄暗い工房の中で、天音だけが絶やすこと無く手を動かし続けていた。
「……」
ただ無言で、一心にデスクに向かう。その様子を、部屋の隅の箪笥の上からルクスがじっと見つめている。
この三日間、まともに寝食も取らずに天音は作業し続けていた。ルクスはそんな彼女を案じて、何回も止めたのだが――結局、天音が聞く耳を持つことは無かった。
『……』
じっとうずくまって、ルクスはただ天音を見つめる。その横に置かれた埃を被った置き時計の秒針の音だけが、時間が動いていることを教えてくれる。
――もう、ちょっと
天音は心のなかで呟く。
眠気と疲労感で力が抜ける右手。ピンセットを握り直して、ぐっと目を見開いた。
休まないといけないことも、誰かに迷惑と心配をかけていることも、天音は十分理解していた。
その上で、作業をやめることができなかった。
――もうちょっとで、あの人が無理をしなくてよくなる
“精霊の加護”を制御する苦しさを知っているから。人を傷つける悲しさを知っているから。
――ひとりぼっちの怖さを知っているから。
ただ、たったひとりを守りたくて、天音は手を動かし続けた。
――――
「……で、きた」
ぼそりと呟いて、天音は立ち上がった。ほっとしたように微笑む。
「よかった……間に合った」
出来上がったそれを手に取ると、天音は一歩足を踏み出す。しかし――
「っ、え?」
踏み出した右足がガクッと沈み――天音は床に倒れ込んだ。