123,
「んなあああっ!また負けた……」
――何度目かのアキラの悲鳴が、ロビーに響き渡る。
「弱いですわぁ。ワタクシ、かなり手加減してるのに……」
アザレアは、頭を抱えるアキラを珍しいものを見るかのように見つめる。そのまままったく動かなくなってしまったアキラをよそに、頬杖をついて目を瞑っていたイツキが、ぱちりと目を開けた。
「五時だ。そろそろ片すぞ」
「ですわね。一晩中模擬戦略してたなんて、ローレンスにバレてごらんなさいな」
「うわ」
アザレアが、いそいそと駒を拾い集める。アキラが木箱を片付けている間に、イツキは立ち上がって伸びをした。
「貴方だけでも部屋に戻って寝てれば良かったのに」
肩にかかった巻き髪を払い除けて、アザレアが言う。
「そもそも睡眠が必要じゃないから。部屋に戻ったところで眠れないし、暇なだけだろ。――つまらない」
徐々に明るくなる陽の光を、紅い虹彩が吸い込んで輝く。アザレアはくすりと笑った。
「あら。じゃあ、ワタクシたちのタクティクスは、楽しかったということかしら?」
「――さあな」
つれない返事。しかし、その裏にある彼の感情に、アザレアはただ微笑んだ。
――その時、
『ガタッ』
「!?」
「――誰だ?」
外につながる階段の上の扉から、小さな物音が聞こえた。イツキもアザレアも、思わず身構える。
しかし、
「あ……ご、ごめんなさい」
「ローリエ?」
アザレアが目を丸くする。扉の影からこちらを伺っているのは、淡い空色のパーカーを着た小さな人影――ローリエだった。
ふたりは身体の緊張を解く。
「え、あれれ……ローリエじゃん」
ロビーの奥の方からアキラも帰ってくる。ローリエはロビーの中に入って、三人に駆け寄って来た。
「こんなところまで……一体、どうしたっていうんですの?」
アザレアはしゃがみ込むと、ローリエと目線を合わせる。ローリエは困ったように眉を寄せて、三人を見た。
「あのね……天音お姉ちゃんって、今どうしてるかわかる?」
「……修繕師がどうかしたのか?」
イツキは怪訝な表情を浮かべる。ローリエは彼を見上げた。
「きのうの朝から、ご飯を食べに来てくれてないの。ルクスも来てくれないし……しんぱいだから、見にきたんだけど」
ローリエの言葉に、三人は顔を見合わせる。
「先生なら、少なくとも昨日は見てないような」
「確かに。ワタクシも、二日前――あ、日付が変わってますわね。三日前に首都中枢塔まで護衛したのが最後だった気がしますわぁ」
アキラとアザレアは眉をひそめる。そんなふたりを見て、イツキは首筋に手を当てた。
「――探してみるか?」
「え……できるの?」
ローリエが瞬きをする。イツキはうなずいた。
「闇雲に敵を探知するより、対象が定まっていたほうが索敵は使いやすい。――修繕師は別に敵じゃないけど」
そう言ってイツキは静かに目を閉じると、すぐにまた目を開いた。
「工房にいる。ルクスも同じだ」
「じゃあ、行方不明ということではないのですね」
アザレアが胸をなでおろす。アキラはロビーから続く入り組んだ廊下を指さした。
「行ってみる?」
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