122,
「本体は、こんな感じでいいかなぁ」
顎に手を当てて天音は呟く。《血紅石》は天音の欲しかった形を象って、天音の胸のあたりに浮いていた。
「やっぱり、《血紅石》は扱いが難しいな。疲れた」
出来上がったものをデスクの上に置くと、天音自身はソファーに転がった。ぐっと伸びをすると、カーテンの隙間から西日が差し込んでくるのが見える。気がつけば昼食も忘れて、丸一日没頭していたらしい。天音はため息をついた。
「時間かかりすぎてる。――駄目なんだよ、これじゃ」
軽い目眩と頭痛を感じながらも、天音はどこか焦燥を滲ませた声で呟く。
“精霊の加護”はこんなふうに乱暴に使うものじゃない。
本来、1500℃で融解するような金属を素手で溶かして、原子レベルで構造を改変する。こんな自然の摂理と逆行するようなパワープレー、簡単なはずがない。
それでも、
――次、いつ敵が攻めてくるかわからないのに
なんとしても、次戦闘が起こる前に作り上げたい。早さを求めるから、プロテクションを使った加工しか天音には残されていないのだ。
「……次は、こっちの加工」
天音はのそのそと起き上がる。傾いた陽の光の最後の一片が投げかける光を、《血紅石》が吸い込んだ。
同じデスクの上に置いてある金色のナイフを、天音はそっと手に取る。
「ごめんなさい。大事に使います。――あなたの友だちを、助けてあげてください」
きゅっとナイフを握りしめて、天音は囁く。
元は生きていた、本来ならまだ生きられるはずだったアーティファクトの部品。使うときには、いつだってひとつひとつに思いを込めて使わないといけない。
――修繕を教えてくれた『師匠』に教わったことだった
ゆっくりと金属が溶けるイメージをすれば、ナイフはあっけなく原型を失った。
「そっか。プロテクションを媒介する素材だから……言うこと聞いてくれやすいんだ」
金色の液体のように揺蕩うそれは、天音の向き合わせた両手のひらの間で、球状にまとまって揺れる。
「――よし」
天音は静かに息を吐き出すと、再び素材に神経を傾ける。
夜は更けていった。
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「んふふ〜。これで、チェックメイトですわぁ!」
「はああっ!?――またかよ、も〜」
三人以外誰もいない、境界線基地のロビー。何をするでもなく、ぼーっと窓の外を眺めていたイツキは、アキラの悔しそうな悲鳴に顔を向ける。
アキラとアザレアが、伏せた木箱を机にして模擬戦略――駒を使い陣地を取り合うボードゲームをしているところだった。
「勝てるわけないのですわぁ、そんな甘ったるい駒の動かし方で」
「っ……も、もう一戦!」
余裕そうな嘲笑を浮かべるアザレアに、アキラは歯ぎしりをした。
イツキは呆れ顔でため息をつく。
「――お前ら、いつまでやってるつもりだ?」
窓の外は、気がつくと白み始めていた。一晩中起きていたことに、今更気づいたアザレアは、目を丸くする。
「あら、そんなに時間が経ちましたの?」
「ええ……完徹って」
アキラも大きな窓を見上げて、唖然とする。
「いや……でも、もう一戦、」
「諦めが悪いのですわ、アキラ。一晩やって勝てないなら、これ以上やったって勝てないんですのよ」
アキラの悔しそうな言葉に、アザレアはふんと鼻を鳴らしながらも――再びボードに駒を並べなおし始める。
「まだやるのか……」
イツキはアザレアの手元を睨む。呆れ返った眼差しに、アザレアは薄く微笑んだ。
「朝礼まで、あと三時間はありますもの。まあ、アキラをいたぶるのは愉快でたまらないし」
「はあ?もう負けねーし!」
アザレアは子供のようなアキラの物言いに苦笑する。再びゲームが始まる。
ぼやけて白んだ光の中で、無言で睨み合うアキラとアザレアを、イツキはまたぼんやりと眺めることになった。