120,
「何をお話してるのでしょうね」
白い巨木の根本にいる天音とマザーの姿を眺めていた的場は、不意に隣から聞こえた声に視線を向ける。やわらかな金色の髪を指に巻き付けて弄ぶアザレアが、ちらりと的場を見上げていた。
「君なら、聞こえるんじゃないの?アザレア」
「聞こえないのですわぁ、これが。聞き耳を立てていること、完全にマザーにバレてしまっていますもの」
アザレアは自分の耳たぶに触れて苦笑する。
「妨害を受けてしまっていて、全然音が拾えませんの。――相変わらず敏いお方」
嘆息するアザレアを見て、的場も笑った。
「そっか。……聞かれたくない話なのかもね」
天音とマザーが最後に会ったのは、的場が大元帥に就任する少し前だった。積もる話もあるのだろう。
アザレアもうなずく。
「まあ、そうですわね。女の内緒話は詮索するほうが野暮というものですわぁ」
扇子を広げ口元を隠すアザレア。彼女は、横目で的場を見上げた。
「ところで……ひとつお聞きしたいことがあるのですが。よろしいかしら?閣下」
「いいよ〜」
含みのある言葉に、鋭い視線。どこか尖ったアザレアの態度に、しかし的場は穏やかに微笑んだ。
「《血紅石》の見返りに、マザーの修繕を選んだのは何故ですの?」
アザレアは咎めるように目を眇める。扇子で表情は隠れていても、彼女の感情は如実に現れていた。
「この仕事は、最終的には修繕師である天音先生のところにやってくる仕事ですわ。――それなのに何故、先生の要求の対価になるのかしら」
「ふふ……。別に、ここまで見越してマザーのリペアを先延ばしにしてたわけじゃ無いんだよ?」
柔らかく微笑んだまま、的場は言葉を続ける。
「マザーのリペアの依頼が遅くなっちゃったのは、単純に忙しかったから。――どうせ女史も忙しいだろうと思ってたし」
「……どうだか。胡散臭いですわ、閣下の物言いは」
ふんと鼻を鳴らしたアザレアに、的場は苦笑いした。
「本当だよ。――ただまあ、女史の性格的に、さ」
的場は天音を見やる。――その目には優しさが溢れていた。
「女史って、上辺では上から目線で傲岸不遜!って感じを装ってるけど――実際はそうでもないじゃん?」
アザレアはうなずくこともなく、ただじっと的場の言葉を聞いている。
「あんなふうに、当たり前って顔でとんでもない要求をしてくるけど……なんだかんだ言って、その要求の無茶苦茶さを理解してるから、ただで要求が受け入れられると罪悪感を感じちゃうんだよね〜」
「だから、対価を用意してあげる。というわけですの?」
アザレアの言葉に、的場はうなずく。
「そ。――多分、女史は本当に《血紅石》をベースの備品を作るために使うんだろうから、実はただであげても良いんだけど……結局、女史が良しとしないだろうから」
いずれにせよ、マザーのリペアは女史に頼む予定だったしね。
ニヤッと笑う的場。アザレアは呆れたように肩をすくめた。
「何をわかったようなことを……それで先生を守ってるつもりですの?」
「ん?言ってくれるじゃん。これでも女史との付き合いは長いんだ。――それなりに、わかってるつもりではあるんだけど」
薄ら笑いを浮かべる的場と、きつい物言いを隠すつもりもないアザレアの視線がぶつかる。アザレアはすぐに、ふいっとそっぽを向いた。
「ワタクシのほうが先生を長く知ってますもの。勘違いしないでなのですわ〜」
「――なんだ。さっきからやたら突っかかってくるな〜と思ったら、ヤキモチか」
思わず吹き出す的場を、アザレアは冷え冷えと睨みつけた。
「なによ。たかだか二十年と少し生きただけの小童が、ワタクシの気持ちを『ヤキモチ』なんて言葉に集約しないで欲しいですわぁ」
――そう言って、淡くリップののった唇を尖らせるアザレアの態度は、まさしく『ヤキモチ』をやく者のそれだった。