12,
「……ふぅー」
息を吐く小さな声が聞こえて、体の上に乗っていた柔らかな重みがなくなった。
「――」
イツキは黙ったまま目を開ける。天音が手に持っていた工具をテーブルの上に置いて、大きく伸びをしているところだった。
「駄目です……。眠い――ふぁぁ」
小さな声でそう呟いて、拡大鏡がついたゴーグルを額まで押し上げると、彼女は小さく欠伸をした。
気がつけば、日付が変わってからもう一時間も経過している。
「すみません、少し……寝てもいいですか……?」
ぼんやりとした目で、天音はイツキを見上げる。
「別に構わないが……」
イツキは失念していたが、人間というものには休息が必要だ。イツキが天音の顔を覗き込むと、彼女はゴーグルを外してエプロンを脱いだ。
「ちょっと寝れば回復するので、問題はありません。今夜はあなたもここにいてください……、全部直りきってないので」
イツキに服を渡すと、天音はふらりと立ち上がる。そのまま、部屋の隅に立てられている蛇腹折りのパーテーションの方へ歩いていった。
「あ……。電気、つけたままのほうが……いいですか?……寝ない、ですよね」
不意に天音がイツキの方を振り返って尋ねる。睡眠を必要としない機械を慮っての問いなのだろうが……その声は眠そうに間延びして、今にも途切れてしまいそうだった。
「消していい。暗くても明るくても、俺には同じだ」
さっさと寝ろ。イツキがそう答えると、天音は一瞬考えた後、
「……明かりを落としなさい。もう寝るから」
そう呟いて、ローテーブルの上に置かれた小さなランプ以外の照明を落とした。
「そこだけ、つけときます……」
今度は大きなあくびをして、天音はパーテーションの向こう側に消えた。
小さなオレンジ色の明かりの中でその背中をぼんやりと見送って、イツキは右の脇腹に手を当てる。
――マジで、直ってる……
損傷の中で一番大きな傷だったはずだ。しかしもう、そんなものは初めから無かったかのように、傷は塞がっていた。
「……すげーな」
衝立の方を見て、小さな声でイツキは呟く。変態だけど、腕はかなりいいようだ。シャツを着て、ソファーの背もたれにぐったりともたれかかる。
こんな傷、永遠に直ることはないと思っていた。――それでもいいと思っていた。
『お前は……所詮、“欠陥品”だ』
かつて、自分を造った人間の言葉を、イツキは思い出す。
――欠陥品なら何故……
「天音は俺を、直してくれるんだろうな」
……思わず、そう呟いていた。ローテーブルの上のランプの明かりが、ゆらりと揺れる。
“それが彼女の仕事だ”。と言ってしまえばそこまでだ。でも、
――初めて、生きているものに触った
柔くて、温かい。自分よりも、限りなく脆く弱そうなモノ。
イツキは黙って自分の手のひらを見つめる。
……降るように、夜が更けていく