表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter2,『100年の眠りの先』
12/476

12,

「……ふぅー」


 息を吐く小さな声が聞こえて、体の上に乗っていた柔らかな重みがなくなった。


「――」


 イツキは黙ったまま目を開ける。天音が手に持っていた工具をテーブルの上に置いて、大きく伸びをしているところだった。


「駄目です……。眠い――ふぁぁ」


 小さな声でそう呟いて、拡大鏡ルーペがついたゴーグルを額まで押し上げると、彼女は小さく欠伸をした。



 気がつけば、日付が変わってからもう一時間も経過している。



「すみません、少し……寝てもいいですか……?」


 ぼんやりとした目で、天音はイツキを見上げる。


「別に構わないが……」


 イツキは失念していたが、人間というものには休息が必要だ。イツキが天音の顔を覗き込むと、彼女はゴーグルを外してエプロンを脱いだ。


「ちょっと寝れば回復するので、問題はありません。今夜はあなたもここにいてください……、全部直りきってないので」


 イツキに服を渡すと、天音はふらりと立ち上がる。そのまま、部屋の隅に立てられている蛇腹折りのパーテーションの方へ歩いていった。


「あ……。電気、つけたままのほうが……いいですか?……寝ない、ですよね」


 不意に天音がイツキの方を振り返って尋ねる。睡眠を必要としない機械イツキを慮っての問いなのだろうが……その声は眠そうに間延びして、今にも途切れてしまいそうだった。


「消していい。暗くても明るくても、俺には同じだ」


 さっさと寝ろ。イツキがそう答えると、天音は一瞬考えた後、


「……明かりを落としなさい。もう寝るから」


 そう呟いて、ローテーブルの上に置かれた小さなランプ以外の照明を落とした。


「そこだけ、つけときます……」


 今度は大きなあくびをして、天音はパーテーションの向こう側に消えた。

 小さなオレンジ色の明かりの中でその背中をぼんやりと見送って、イツキは右の脇腹に手を当てる。


 ――マジで、直ってる……


 損傷の中で一番大きな傷だったはずだ。しかしもう、そんなものは初めから無かったかのように、傷は塞がっていた。


「……すげーな」


 衝立の方を見て、小さな声でイツキは呟く。変態あんなだけど、腕はかなりいいようだ。シャツを着て、ソファーの背もたれにぐったりともたれかかる。


 こんな傷、永遠に直ることはないと思っていた。――それでもいいと思っていた。



『お前は……所詮、“欠陥品”だ』



 かつて、自分を造った人間の言葉を、イツキは思い出す。


 ――欠陥品なら何故……


天音あいつは俺を、直してくれるんだろうな」


 ……思わず、そう呟いていた。ローテーブルの上のランプの明かりが、ゆらりと揺れる。


 “それが彼女の仕事だ”。と言ってしまえばそこまでだ。でも、


 ――初めて、生きているものに触った


 柔くて、温かい。自分よりも、限りなく脆く弱そうなモノ。

 イツキは黙って自分の手のひらを見つめる。



 ……降るように、夜が更けていく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ