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「あ!修繕師殿、お待ちしておりました〜」
首都中枢塔の外門。行き交う人々の隙間から、ピョコピョコと飛び上がってこちらに手を振る、小さな人影が見えた。
「よかったぁ、ご到着に間に合って」
「わざわざ、ありがとうございます」
その人物――瀬戸に歩み寄って、天音は軽く頭を下げる。瀬戸はニコッと笑った。
「いえ!――茜様、修繕師殿がいらっしゃるって聞かれて、とっても喜んでいらっしゃいましたよ?」
外門から塔の入り口に続く道を、瀬戸を先頭にして歩き始める。
「『女史から会いたいなんて、珍しい!』って言って、お手紙を頂いてからずっとソワソワしてらっしゃいます」
「……別に、的場さんに会いたくて来たわけじゃ無いんですけど」
天音は苦い顔をする。一歩下がったところを歩きながら、アザレアはクスクスと笑った。
「まあまあ、そうおっしゃらずに……」
瀬戸は苦笑する。
「茜様は、修繕師殿のことが大好きなんですよ」
昇降機に乗り込みながら、瀬戸は天音を振り返る。その笑顔に、天音は面倒そうに目を細めた。
「私は、あの人のこと好きじゃないですけど……」
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「いらっしゃ〜い!女史〜、会いたかったよ〜!」
「……ぅわ」
執務室の重い扉を開けた瞬間、飛びついてきた背の高い人影を、天音は飛び退って避ける。
「え、なんで避けるの?」
「――何故、避けられないと思いましたか」
生ゴミでも見るような顔で、天音はこの部屋の主を眺める。的場は首を傾げた。
「親しい間柄において、ハグは普通の挨拶だよ?」
「そもそもが、親しい間柄では無いんですよ別に。――気持ち悪い」
天音のはっきりとした物言いに、的場も流石に眉を下げる。
「ええ……そ、んなこと無いでしょ」
的場は困惑したように視線を彷徨わせると、天音の後ろにすまし顔で立っているアザレアに目を留める。
「ねえ、アザレア。流石に気持ち悪いは言いすぎじゃあ……」
「お言葉ですが、大元帥閣下?」
アザレアに同意を求めようとした的場は、彼女の芝居がかった口調に口を閉じる。アザレアは、どこからともなく大きな扇子を取り出すと、バサリと広げて口元にあてがった。
「二十五歳のゴリゴリの成人男性が、妹でもないうら若き乙女をハグする絵面なんて……考えるだけで吐き気がしますわぁ〜」
涼しい顔でそう吐き捨てるアザレア。的場はガクッとうなだれた。
「味方は誰もいないのか……」
「うう……そう言われると、確かに気持ちわ――。いえっ、ぼ、僕は味方ですからね!?」
冷ややかな視線を向ける女子ふたりを見て、瀬戸は言いかけた言葉を飲み込むと、的場の背中を撫でる。
天音はため息をついた。
「違うんですよ。的場さんを苛めるために、こんなとこまで来たわけじゃ無いんですよ」
ちゃっかり首都中枢塔を“こんなとこ”呼ばわりした天音だったが、もはや誰も止める者はいない。天音は的場を見つめた。
「お手紙にも書いたとおり、」
「欲しいものがあるんでしょ?」
的場は顔を上げる。しょんぼりとした表情はすっかり消えて、いつものような快活な微笑みが顔を出した。
「女史は物欲が無いから、びっくりしたよ〜。さあさあ、何が欲しいの?女史が欲しいものならなんでも良いよ!」
笑顔で胸を張る的場。天音は無表情のままうなずいた。
「では、お言葉に甘えて。――《血紅石》が欲しいんです。できれば、インゴット単位で」
「そうか!女史は《血紅石》が……へ!?《血紅石》!?」
うなずきかけた的場は、思わず目を剥く。しかし、天音は飄々と先を続けた。