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「――以上、本日の業務分担です。軍議は終了しますが、なにかありますか?」
ローレンスの声が、しんと静まったロビーに響く。集まった“兵器”たちは、互いに顔を見合わせた。
巨大な異形のアーティファクトの侵攻を受けて、見回り班の編成を変えた翌日。“兵器”全員を集めた軍議が行われていた。
「無いならこれで解散。C班は、五分後に第一通用口に集合」
「「了解」」
C班メンバーは、答えるやいなや走り去っていく。その姿を見送って、ローレンスは手に持った紙の束を、慌ただしくめくる。
ふと、そんな彼の後ろから、小さな人影が顔を覗かせた。
「ローレンスさん、」
「!――びっくりした、先生ですか」
ローレンスに話しかけたのは、いつものチュニックに外套を羽織った天音だった。ローレンスは目を丸くするが、すぐに相好を崩す。
「どうしました?」
「忙しいところ申し訳ないんですけど……外出したくて」
天音は眉を下げる。ローレンスはパチパチと瞬きした。
「外出?良いですよ。護衛ですよね。――珍しいですね、先生から言ってくれるなんて」
ローレンスは不思議そうにそう言って、すぐに微笑む。
「ちゃんと言えてえらいです。――成長しましたね」
「こ、子ども扱いしないでください!」
天音の白い頬が、微かに桃色に染まる。蒼い目が、ジトッとローレンスを睨んだ。
「――勝手に出かけると迷惑がかかるということは理解したので。怒られると怖いし」
「ふ……それを成長と言うんですよ」
ふてくされた天音を優しい眼差しで眺めて、ローレンスは手に持っている紙を見る。
「今日は……ああ、アザレアが非番ですよ。彼女に頼むのが良いかと」
「わかりました。――昼までには戻ります。多分」
言葉の最後を濁す天音に、ローレンスはクスクスと笑う。
「連絡を入れてくれれば、ちょっと遅くなったくらいで怒りませんよ。――要件は聞きませんが、せっかく出かけるんですから。楽しんできてください」
「――ありがとう、ございます」
ローレンスを上目遣いで見て、天音は踵を返す。
その後ろ姿を見送るローレンスの肩を、誰かがたたいた。
「珍しいなぁ。お前が先生の外出を止めないなんて」
「ゲンジ……。別に、先生の行動を制限したいわけじゃないからな」
ローレンスは、心外だ、と言わんばかりにムスッと顔をしかめると、肩に置かれたゲンジの手を払いのける。
「ちゃんと報告して、護衛をつけてくれれば止める理由もないし……前のことで、頭ごなしに外出を禁止するのはよくないことも学んだ」
「ほう?ちゃんと『成長している』わけだ」
ニヤッと笑うゲンジに、ローレンスは辟易したようにため息をつく。
「うるさい。――それに、先生だってああ見えて……年頃の女の子なわけだし。やりたいことだっていっぱいあるだろうから――ここに縛り付けるのも、あれだろ?」
「!?――ガーッハッハッハ!違いないなぁ……」
ローレンスの物言いに、ゲンジは大声で笑うと、ローレンスの背中をバシバシと叩く。
「いっ!」
「ハッハッハッハッ……。しかしなぁ、ローレン。その言い方は、まるで父親かなにかだなぁ」
「はあ?んなわけないだろ!?」
からかうゲンジに、ローレンスは思わず大声を上げる。
境界線基地は、今日も賑やかだった。
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「――それで、今日はどこに行くんですの?」
可愛らしいレースの日傘をくるくると回しながら、アザレアは首を傾げた。
石畳の上で、並んだ足音が軽やかに進んでいく。
「首都中枢塔です。欲しいものがあって……」
「欲しい、もの?」
アザレアはますます首を傾げる。天音はそれ以上は答えずに、ポリティクス・ツリーに向かう、ゆるい坂道を上がっていった。




