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「――だから、ですよ」
天音の言葉に、アキラは彼女を見て――目を見開く。
その蒼い目は、揺らぐこと無く真っ直ぐにアキラを見つめていた。
「“精霊の加護”を使うことが苦しいということも、自分の力で誰かを傷つけてしまいたくないと思うことも、私はよくわかっています。――わかるから、多分、私にもなにかできることがあります」
それに。
天音は桜色の唇の端を、ほんの少し持ち上げる。
「心も身体も弱っているときが……一番、独りでいるのが苦しい時ですから」
「っ……」
その言葉の裏に覗く一抹の寂しさに、アキラは言葉を失う。ゲンジもローレンスも、黙ったまま彼女を見つめた。
「――イツキは、多分まだ戦場にいます」
しばらく続いた沈黙の後、アキラはそう言った。
「動くのもきついと思うし、他人を遠ざけるならそこが一番いいって、あいつは考えると思うから」
「そうですか」
天音は淡々と答えると、くるりと三人に背を向ける。
「もし何かあれば呼んでください。後から出てきた怪我人がいれば、工房にお願いします」
「――あのっ、先生、」
事務的な口調でそう言って、歩き去ろうとする天音の後ろ姿を、アキラは咄嗟に呼び止めた。天音は振り返る。
「あの……イツキを、お願いします。俺じゃあ、何もしてやれないから――」
縋るような声色と表情。天音はそんなアキラを一瞥して――
「かしこまりました」
また少し微笑んだ。
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静かに、夜が明けていく
ゆっくりと朝日が昇っていく様子を、戦場の外れの瓦礫の山に座り込んで、イツキはぼんやりと眺めていた。
――『殺せ』
「……っ」
身体の中から湧き上がってくる、殺意にも似た囁き。ぐっとせり上がってくるそれを振り払うかのように、イツキは顔を伏せて目を閉じた。
「煩い」
“精霊の加護”を使えば使うほど、《暴走》すればするほど、なにかが殺戮を唆してくる。――実際、その声に従って誰かを殺したこともある。
――そんなことを……したいわけじゃない、
こんな力を持っているからって、誰かを殺したいわけでも傷つけたいわけでもない。
イツキは息を吐き出すと、右膝を立てて、その上に額を押し当てる。やるせなさと、虚しさと怒りと。行き場の無い“感情”に、うざったくなる。
薄く目を開ければ、腕と足の隙間から見える地面に、大量の灰が落ちているのが見える。罪のない植物も生き物も、イツキがいる空間の中ではただ死ぬことしかできない。
死んでしまった空気は、ただ凪いで動くことすら無い。
――動くはずなんて、無かった
『ザク……』
不意に後ろから、灰と土を踏む小さな足音が聞こえる。耳がその音を拾うやいなや、イツキは慌てて後ろを振り返った。
「――!?」
元は生き物だったはずの灰の塊が、そこいらに散らばっている。そんな荒野の只中、イツキからほんの数メートル離れた場所に、人影がぽつりと佇んでいる。
動きの無い空気の中で、唯一彼女の白銀の髪だけが、風にふわりとなびいた。
「思ったよりも、遠くにいたんですね」
その人物――天音は、薄く微笑む。唖然とするイツキを置いて歩み寄ってくると、彼の横に腰を下ろした。
「探すのが大変でした」
「……なんで、来た」
イツキの紅い目が、咎めるように細められる。天音はすまし顔で答える。
「《暴走》なる現象によって、身体に負担がかかっていると聞きましたので」
「――アキラか?」
イツキの問いに、天音はうなずく。イツキは思わずため息をついた。
「場所も?」
「ええ。完璧に合ってたあたり、流石アキラさんですね」
穏やかにほほえみ続ける天音と比べて、イツキの表情は険しい。
「馬鹿じゃないのか?危険だって、少し考えればわかると思うが」




