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アキラはぐっと拳を握る。その表情は苦しげで――どこか悔しさが滲んでいた。
「初めて、あいつが《暴走》してるのを見たのは――“大戦”末期の一番戦いが激しかった時期です」
金色の目がすっと細まる。
「上層部からの司令で、敵軍の陣地に特攻したんです。――今思うと、ほんっとバカみたいな話なんすけど。
不利な条件下で、イツキのプロテクションに限界が来たみたいで、交戦の只中で《暴走》が起こって……。俺は離れたところにいたから良かったものの、イツキの《死を運ぶ風》は膨れ上がって、敵も味方も関係なく全て灰にしたんです。――その後、しばらくは誰もあいつには近づけなくて」
「――さっきのも、『エネルギー』の余剰から来たプロテクションの暴発。となるとやはり、イツキさんの意思とは関係なく引き起こされる現象なんですね」
天音の呟きに、アキラは目を瞑る。
「無意識に、敵味方の区別すら無く起こるっていうのがキツイところで。あいつが《暴走》を起こしたのは、その一回だけだったんですけど――表には見せないだけで、それだけプロテクションを使うっていうのは苦しいから、いつもは《暴走》するような無茶は絶対にしないんです」
でも……
アキラは唇を噛む。
「仲間を巻き込んで死なせたっていうことに関しては、相当に後悔してるみたいで。じゃあ周りを巻き込まなければいいだろう、っていう……あいつはそういう、極端な考え方しかできないから、」
「だから……味方を全員退避させて、あんな無理を!?」
ゲンジが目を剥く。ローレンスも、ただ呆然と立ち尽くす。
「――あんなの、ただのバカの所業だ。……そこまでやっても、あいつは結局、独りで苦しむのに……っ」
アキラは荒々しい口調で吐き捨てる。伏せられたその表情は、引き結ばれた口元をわずかに垣間見ることしかできない。
ロビーを、再び沈黙が支配した。
わずかに夜が明け始めたのだろう。嵌め殺しの窓からは、薄ぼんやりとした光が入ってくる。
「イツキさんがどこにいるか、知ってる人はいませんか?」
不意に、天音の声がロビーに響く。アキラは思わず顔を上げた。
「――へ?」
「《暴走》すると身体に負担がかかる。ということは、メンテナンスが必要ということです」
天音はそう言うと、足元に置いたままの大きな工具箱に手をかける。その表情は、いつもと寸分違わず冷静だった。
「――先生。話、聞いてました?」
アキラがわけが分からなそうに首を傾げる。天音は首肯した。
「はい」
「今のイツキに近づくと、死ぬんですよ?」
「私にはイツキさんのプロテクションは効きませんよ?」
飄々とそう言ってのける天音に、ローレンスが慌てたように首を横に振る。
「先生、それは流石に……。今の話を聞いている限りでは、どう考えても《暴走》はプロテクションの特殊な状態です。先生のプロテクションが効かないかもしれないんですよ!?」
ローレンスの言葉に、ゲンジが息を呑む。しかし、天音は静かに工具箱を持ち上げた。
「イツキさんは、どこにいますか?」
「先生っ……!」
アキラは、思わず天音を睨みつける。
「本気で、どうなるかわからないんっすよ?先生の命も心配だし――こんなこと、言うべきじゃ無いかもしれないけど……イツキがまた誰かを殺してしまって、苦しむのを見たくない」
――イツキを、また“人殺し”にするのか
アキラはぐっと眉根を寄せる。
『死神』なぞと呼ばれて、誰からも怖がられて嫌われる。無表情で無愛想な男。
でも
――『俺が仲間を殺す前に』
本当は、他人を守ることをやめない、たまらなくバカで優しい男で――アキラにとっては、不必要に傷ついて欲しくない、かけがえのない親友で。
だから尚更、天音をイツキのもとに行かせたくなかった。




