11,
窓の外はかなり暗くなり始めていた。開いた窓から、涼しい風が部屋の中に吹き込んでくる。
天音は、イツキの体を至近距離で舐め回すように見つめながら、後ろ手にローテーブルの天面を指でコツコツと叩いた。
その瞬間、パタリと窓が閉まり、モスグリーンの綿カーテンが『シャッ』と音を立てて引かれる。
「……器用だな」
イツキは、不機嫌に目を細めて呟く。その理由は――
「――美しい造形ですね……。製作者のセンスが、いい」
「……気持ちわりぃ」
イツキにのしかかるようにして、うっとりとその肌を撫で回す天音を、彼は白い目で見つめる。
「初対面のやつをいきなり押し倒して体をまさぐるって……お前、流石に人間としてどうなんだ――?」
「?――私は“医者”であり、これは“医療行為”です。よってなんの問題もありません」
「……」
飄々と理不尽な理屈を並べる天音を、イツキは黙って軽く睨む。が、天音はそんなことを一切気にも留めない。
「うふふっ……。やっぱり、“旧型機”ともなると、制作に掛けられている時間が違うんですかね……?」
恍惚とした目で微笑む天音。“変態修繕師”という文字が、イツキの脳裏に浮かぶ。
「っ!――やめろ……腹撫でるの、マジでやめろ、」
「――傷だらけですね。どうしたらこんなふうになるんですか……?」
不意に天音は、抵抗するイツキの言葉を無視して、傷のひとつをそっと指先でなぞった。先程とは打って変わり、その表情は険しい。
右の脇腹にぱっくりと開いた傷。もちろん機械であるから血が出ているわけではないが、むき出しになった金属製のコードと歯車が“痛々しい”と表現するに相応しい様相を呈している。
「……製造されてから三百年、まともに修繕したこと無いからな……。自分じゃ直せないし、そもそも俺に触れるやつがいなかったから」
イツキはどうでも良さそうに呟く。
そんな彼を、天音は呆れを通り越して、もはや哀れなモノを見るような目で見つめる。
「はあ……そうですか。これだけ損傷が激しいと、今日中には終わりませんね、修繕」
彼女は起き上がると、テーブルの上に置いてあった汚れたエプロンをつける。工具箱の中から、奇妙な形の工具を掴みだした。
「とりあえず、一番大きいこの傷から始めます。じっとしててくださいね」
「……ん」
イツキがうなずいたのを確認して、天音はなんの躊躇いもなく器具を傷口に突っ込んだ。
かなり強引に、その手を動かす。
「わー、思ったよりも古い型の歯車使ってるんですね……。スペア、あったかな」
「……お前、思い切り良すぎないか」
傷口から次々と部品を取り出していく天音に、イツキは呻き声を上げる。
「痛いんですか?」
「いや、そうじゃないけどさ、」
「じゃあ、問題ないですね」
天音はすまし顔でイツキの言葉を一蹴すると、さらにぐちゃぐちゃと傷の中を掻き回す。
「……はあー」
イツキは抵抗するのをやめて、だらりと四肢を脱力させ、目を閉じた。