107,
「――可哀想に」
いつものように小さく呟く。
こんなに傷ついて、苦しんで。挙句の果てにこんな力によって、灰になって消えてしまう。そんな悲惨な運命を背負った敵たちに対する、哀れみと同情心。
「だからって、見逃してはやらないけどな」
低く囁く。
敵だから。守るべきものがあるから。そして何より
――俺は『死神』だから
「死神は死神らしく……お前を、殺してやる」
霞がかる視界。荒くなる呼吸。限界が近づいているのは、自分が一番良くわかっていた。
ほんの少し視線を下げれば、天音も同じように苦しそうに表情を歪めている。死を拒み荒ぶる異形を、抑えておいてくれるだけでも辛いだろう。いい加減、決着をつけなければならない。
「死ね」
鋭い言葉とともに、最後の力を叩きつける。ぶわりと激しい風が立ち、イツキの黒い髪を揺らした。
『ギャアアアアアアアアアアア……』
けたたましい悲鳴。その刹那、足元がぐらりと揺れたかと思うと――
『サァ……』
異形の巨体が傾ぎ……徐々に灰に変化していく。崩れた身体は、夜風に巻かれて消えていった。
「ふ……うっ、」
イツキが消えゆく異形の身体を眺めていると、不意に小さな声が聞こえた。見ると天音がくたりと膝を折って座り込んでいる。
思ったよりも時間がかかってしまったため、天音の安否が心配だったが……
――あれなら大丈夫か……
ひとまずほっと息をつくと、灰になって崩れる異形の肩から飛び降りて、地面に降り立つ。その途端、天音のプロテクションによる拘束が解けた敵方のアーティファクトたちが、イツキの姿を認めて一斉に襲いかかってくる。
しかし、
「……ごめんな」
イツキはただそう呟いて、動くこともなくアーティファクトの群れを見つめた。
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「イツキさんっ!?」
軋んで悲鳴を上げる身体を引きずって、天音は騒がしくなった地上を見下ろす。
生き残った無数のアーティファクトたちが、一斉にイツキに迫っていた。
――このままじゃ、イツキさんが、
「逃げて!イツキさんっ……」
思わず天音は叫んでいた。しかし、イツキは動かないしアーティファクトたちも変わらず進み続ける。
天音はぎゅっと両手を胸の前で握りしめ、目をつぶる。
その瞬間、
「「ぎゃああああああっ!」」
けたたましい。イツキとは違う叫び声が、荒野にこだまする。
天音は、恐る恐る閉じていた目を開いて――目の前に広がっていた光景に息を呑んだ。
――イツキが何をするまでもなく、彼の周りに群がったアーティファクトたちが、灰になって消えていく。あたかも、イツキが自分を中心にして、周りにプロテクションの結界を張っているかのようだ。
しかし、実際は彼はただ立ち尽くしたまま、その紅い目で迫りくるアーティファクトの軍勢を見つめているだけだ。にも関わらず、ブレーキの効かない勢いに、アーティファクトたちはなすすべもなくイツキに突っ込んでいき――片っ端から灰になって舞い上がっていった。
「どういう、こと……?」
知らず知らずのうちに、天音はそう呟いていた。
――『《死を運ぶ風》は直接触れたものの命を消滅させる。』
昔読んだ学術書の、“精霊の加護”に関する記述。誰からも恐れられ、忌み嫌われていたその力については、最初の一行に記してあった。
この文章が間違っていたのか。はたまた誰も知らない彼の能力があるのか。
目の前で起こる惨劇を、天音はただ呆然と見つめていた。




