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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter4,『死神の旋律』
107/476

107,

「――可哀想に」


 いつものように小さく呟く。

 こんなに傷ついて、苦しんで。挙句の果てにこんな力によって、灰になって消えてしまう。そんな悲惨な運命を背負った敵たちに対する、哀れみと同情心。


「だからって、見逃してはやらないけどな」


 低く囁く。

 敵だから。守るべきものがあるから。そして何より


 ――俺は『死神』だから



「死神は死神らしく……お前を、殺してやる」



 霞がかる視界。荒くなる呼吸。限界が近づいているのは、自分が一番良くわかっていた。

 ほんの少し視線を下げれば、天音も同じように苦しそうに表情を歪めている。死を拒み荒ぶる異形を、抑えておいてくれるだけでも辛いだろう。いい加減、決着をつけなければならない。



「死ね」



 鋭い言葉とともに、最後の力を叩きつける。ぶわりと激しい風が立ち、イツキの黒い髪を揺らした。


『ギャアアアアアアアアアアア……』


 けたたましい悲鳴。その刹那、足元がぐらりと揺れたかと思うと――


『サァ……』


 異形の巨体が傾ぎ……徐々に灰に変化していく。崩れた身体は、夜風に巻かれて消えていった。



「ふ……うっ、」


 イツキが消えゆく異形の身体を眺めていると、不意に小さな声が聞こえた。見ると天音がくたりと膝を折って座り込んでいる。

 思ったよりも時間がかかってしまったため、天音の安否が心配だったが……


 ――あれなら大丈夫か……


 ひとまずほっと息をつくと、灰になって崩れる異形の肩から飛び降りて、地面に降り立つ。その途端、天音のプロテクションによる拘束が解けた敵方のアーティファクトたちが、イツキの姿を認めて一斉に襲いかかってくる。

 しかし、


「……ごめんな」


 イツキはただそう呟いて、動くこともなくアーティファクトの群れを見つめた。



<><><>



「イツキさんっ!?」


 軋んで悲鳴を上げる身体を引きずって、天音は騒がしくなった地上を見下ろす。

 生き残った無数のアーティファクトたちが、一斉にイツキに迫っていた。


 ――このままじゃ、イツキさんが、


「逃げて!イツキさんっ……」


 思わず天音は叫んでいた。しかし、イツキは動かないしアーティファクトたちも変わらず進み続ける。

 天音はぎゅっと両手を胸の前で握りしめ、目をつぶる。



 その瞬間、


「「ぎゃああああああっ!」」


 けたたましい。イツキとは違う叫び声が、荒野にこだまする。

 天音は、恐る恐る閉じていた目を開いて――目の前に広がっていた光景に息を呑んだ。



 ――イツキが何をするまでもなく、彼の周りに群がったアーティファクトたちが、灰になって消えていく。あたかも、イツキが自分を中心にして、周りにプロテクションの結界(バリア)を張っているかのようだ。

 しかし、実際は彼はただ立ち尽くしたまま、その紅い目で迫りくるアーティファクトの軍勢を見つめているだけだ。にも関わらず、ブレーキの効かない勢いに、アーティファクトたちはなすすべもなくイツキに突っ込んでいき――片っ端から灰になって舞い上がっていった。


「どういう、こと……?」


 知らず知らずのうちに、天音はそう呟いていた。



 ――『《死を運ぶ風(ウィンド・オブ・デス)》は直接(・・)触れたものの命を消滅させる。』



 昔読んだ学術書の、“精霊の加護(プロテクション)”に関する記述。誰からも恐れられ、忌み嫌われていたその力については、最初の一行に記してあった。

 この文章が間違っていたのか。はたまた誰も知らない彼の能力があるのか。


 目の前で起こる惨劇を、天音はただ呆然と見つめていた。

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