103,
「――状況は?」
「巫剣先生」
『遺物境界線』の外側に張り出した見張り台。ローレンスが振り返ると、息を切らした天音が駆け寄ってきた。
「正直、危ないです。もう既に怪我人の報告も出てます」
「……怪我人を退避させることは?」
天音はぎゅっと眉根を寄せる。ローレンスは苦しげに表情を歪めて、首を横に振った。
「全員でかかっても人手が足りません。なにせ、」
アレですから。
ローレンスが指さした先には、あの巨大異形のアーティファクトがいた。天音はぐっと目を凝らす。
「……初めて見ました。一体、どこの?」
「先生でもご存知ないですか。僕らにもさっぱり心当たりがなくて」
その言葉に、天音はもう一度異形を見つめる。
「――人工筋。南方型の“旧型機”かな……。でも腕のパーツは北方製の……?」
ぶつぶつと呟く天音を一瞥して、ローレンスは壁ギリギリのところまで迫ってきているアーティファクトたちに向かって発砲する。
「南側、敵が抜けてきてる。陣形を立て直せ」
『……これ以上は無理です。人員が足りませんっ』
ローレンスの横に置かれている大型無線機から、焦燥にまみれた応答が聞こえてくる。ローレンスは、珍しく焦ったように舌打ちした。
「せめて……あのデカブツにイツキの“精霊の加護”が効いていれば……」
「え……《死を運ぶ風》が効かなかったんですか!?」
天音は驚愕に大きな声を出す。ローレンスは天音には目線を向けずにうなずいた。
「効かなかったというか……効きにくかったみたいで。どうしてか理由はわかりませんが」
ローレンスは口を閉じると、再び敵を撃つ。重々しいリロードの音だけが響いた。
天音は、再び異形に目を向ける。
ところどころ人工皮膚が剥がれ、剥き出しになった肉と金属部品。頭が無く、爛れたように崩れかかった首の断面。
――酷い……
敵とわかっていても、その痛々しさに天音は表情を歪めた。
悪い癖だ。いくら修繕師でも、何でもかんでも直せるわけじゃないのに……。
天音は、無意識のうちに両手を胸の前でぎゅっと握りしめる。
その時、
『――“ギフト”?』
「!?」
不意に、天音の耳に声が響く。甲高い――金属音のような声。
天音ははっと顔を上げる。
「何……?誰、」
「い、今のは……」
きょろきょろと周りを見回す天音とローレンス。
『ミツケタ!“ギフト”ダ!』
再び聞こえる高い声。それが聞こえた次の瞬間、無線機から野太いゲンジの声が聞こえてくる。
『――ローレン!あのデカブツがそっちに向かって歩き始めたっ!……まずい、止められないっ』
「!?――まじかよっ、」
ゲンジの言葉の通り、異形のアーティファクトは真っ直ぐに天音とローレンスがいる見張り台に向かってくる。ローレンスは天音を見る。
「先生、下がってください。……万一、何かあったらすぐにベースの奥へ」
「っ……わかり、ました」
天音が下がったのを確認して、ローレンスはライフルの照準を異形に合わせる。
『タァーンッ!!』
鋭い銃声を皮切りに、ライフルを残弾いっぱいまで乱射する。しかし、異形は歩みを止めない。
「チッ、くそ……」
悪態をつきながら、ローレンスは空のマガジンを落とす。
天音はただ呆然とその光景を眺めることしかできなかった。




