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「これが……いけなかったの?」
天音はまじまじとナイフを眺める。ルクスが真鍮の羽をはためかせた。
『ソレカラ、“メイレイ”ガキコエタ。――イツモノマスターヨリモ、ツヨイノ』
「……そう」
――“精霊の加護”が……強くなった?
「もしかして、これも特異点なの……」
カイトは現在残っているアーティファクトの中でも珍しい“旧型機”だった。現身自体をたくさん改造してきた過程で、特異点が生まれたと言っていたが――まさか、まだあったとは。
「ルクス、」
『ナニ?』
窓の桟の上でルクスは小首をかしげる。天音はナイフを指さした。
「これから……“メイレイ”が聞こえたって言った?」
『ウン。マスターノ、コエ』
うなずいたルクスに、天音は顎に手をやって思案する。
――私の声を伝えたってことは……プロテクションを強くするだけじゃなくて、プロテクションを媒介することもできるってことか
「なにこれ。ほんとにどうやって使えばいいの……?」
天音は再びナイフを持ち上げる。キラリと反射された光に目を細めながら、ただ黙ってそれを見つめる。
『……マスター。コレ、トドケニイクケド……』
「あ、」
黙り込んで動かなくなった天音にしびれを切らしたのか、ルクスは嘴で天音の服の裾を摘む。
「ごめん、お願い」
『カシコマリッ!』
慌てて天音が言うと、ルクスは言われた仕事をこなすために夜の空へひらりと羽ばたいていく。
その様子を、桟に手をついてぼんやりと眺めていると……
『――先生!応答願いますっ』
「!?……ローレンスさん?」
無線機から鋭いローレンスの叫び声が聞こえた。
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――天音がローレンスからの無線連絡を受ける少し前……
「ねむ……」
「おい、歩きながら寝るな。妙なところで器用さを発揮するのやめろ」
『遺物境界線』外周。
明かりひとつ無い荒野を、イツキとアキラは周囲に目を凝らしながら歩いていく。
「巡回中だ。せめて目を開けてろ」
「真面目かよ……。らしくないなぁ、イツキ」
ニヨニヨと笑うアキラに、イツキは鼻を鳴らす。
「任務において、俺が不真面目だったためしがない」
そう言いながら、イツキは何度目かの索敵をかける。
「……敵影なし。いたって正常だ」
「ほいよ」
イツキの報告に、アキラは本部への無線連絡を入れる。夜の闇に沈む荒れ果てた土地は、ただ静かに凪いでいる。
そんな様子をぼんやりと眺めながら、イツキはアキラの連絡が終わるのを待った。
「――了解。引き続き任務を続行します」
ぷつっと無線を切ったアキラに、イツキは視線を戻す。
「行くか」
「はいよ……。くああ〜、ねむい」
大きなあくびをするアキラを呆れたように眺めるイツキ。ふたりはまた歩き始める。
「……なあ、イツキ」
「ん?」
不意に、アキラが口を開く。イツキは彼を振り返ることもなく答えた。
「今朝のさ、武器の話の続き。……お前、辛くないの?」
「何が?」
感情の見えない返答に、アキラは眉根を寄せる。
「だから……武器がないまま戦って、怪我するのがだよ。いままでの傷は先生に直してもらっただろうからいいけど、これからの話、」
つまり――
「これからは……武器を持って戦ったほうがいいんじゃないかって、」
「――何度も言ってるだろ。武器を持つと“精霊の加護”が使えなくなる」
何を今更。と呟くイツキは、そのままどんどんと歩いていく。
「おい、待て」
しかし、アキラの低い声に、ようやく立ち止まって振り返る。その紅い目は静かだった。
アキラは不機嫌を隠そうともせずイツキを睨む。