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『カツ、カツ……』
――軍靴の堅苦しい靴音が、広い廊下に響く。サラリと揺れる金色の髪が、細長い窓から入ってくる光を反射した。
彼は廊下の奥の一際大きな扉の前で立ち止まると、何の躊躇いもなくそれを押し開ける。
彼が足を踏み入れたのは、広い殺風景な部屋だった。目の前に広がる大きな窓から、明るい春の光が入ってくる。
「随分遅かったじゃないか……サスナ」
「……」
不意に光の当たらない、部屋の隅から声が聞こえた。彼――サスナ・ユークレクスは顔をあげると、黙って声の主を横目で見る。
その人物は壁に背を預けていたのを起き上がって、サスナの方へ歩み寄ってくる。滑らかな黒髪に陽の光が当たって輝いた。
「所定の時間には間に合っているはずだが……?阿久津」
“阿久津”と呼ばれた女は、フッと目を細める。つややかな赤い唇が、扇情的な弧を描いた。
「時間はギリギリだぞ。……初めて、愛しの“大元帥”様にお呼び立て頂いたと言うのに」
阿久津の言葉に、サスナは不機嫌に眉を寄せた。
「なるほど……。もう、全員集まってるのか」
サスナの呟きに呼応するかのように、ふらりといくつかの人影が陽の光の中に集まってくる。
「相変わらず……お二人は仲がよろしいですね」
サスナの横に立った藍色の髪の青年が、薄く笑いながら阿久津を見る。
「……うるさいぞルイス。誰がこの、いけ好かない『高貴なる人々』なんかと……。小童の分際で、舐めた口をきくな」
阿久津が微笑みを引っ込めて、ルイスを睨みつける。
「フッ。『いけ好かない』、ですか。それは貴女も同じというもの……」
ルイスはククッ、と、挑発するように喉の奥で笑った。阿久津がますます険しい顔で、ルイスを睨む。
一触即発。今にもつかみ合いでも始めそうな空気だった。
「まあまあ、喧嘩はやめましょうよ」
と、阿久津とルイスの間に、素早く背の低い人影が割って入った。オレンジ色の瞳が、いたずらっぽく輝いている。
「もうすぐ大元帥様がいらっしゃるんですから。ね?」
幼く笑うその様子に、阿久津は毒気を抜かれたような顔をする。今度はサスナが微笑んだ。
「相変わらずなのは紘汰もだな。……阿久津は多分、一生君には敵わない」
サスナの言葉に、むっと顔をしかめる阿久津とは対照的に、その少年――瀬戸 紘汰は破顔した。
「……静かに」
突然、暗がりの方から低い声が聞こえ、サスナたちははっと、声のした方を振り返る。
先程から大岩のように動かず、静かにサスナたちの様子を眺めていた背の高い男が、近づいてくる。
「ヨシュアさん……」
瀬戸がキョトンと、ヨシュアを見上げる。彼はサスナたちを見渡した。
「……大元帥様がいらっしゃる……」
静かなその声に、その場にいた全員が慌ただしく居住まいを整える。
『カタン……』
小さな物音が聞こえた。その瞬間、
『ザッ!』
先程までの騒がしさは消え、その場に集まった五人が、現れた人物に深く頭を下げる。
その人物は部屋の真ん中、大きな窓を背にして立ち止まり、五人を見つめた。
サスナ・ユークレクス (24)
種族:人間
セナトスの一人。的場とは幼馴染で『高貴なる人々』、ユークレクス家の出身。第3代大元帥の孫に当たる。
阿久津 なるみ (31)
種族:人間
セナトスの一人。的場を上司以上の存在として慕っている。平民出身