1話 回復魔法に価値は無い
回復術師。
傷や病を瞬く間に治す能力は、パーティーが戦線を維持するために必要不可欠な存在。
ただしそれはもう、古い常識だった。
「ルクス、お前はクビだ」
魔王討伐を目標とした道中、宿舎で一泊した翌朝にそう言い渡された。
パーティーのリーダーであり勇者の称号を持つハイドは、侮蔑の遺志を隠そうともせずに言葉を続ける。
「無能はとっとと失せろ」
突然の発言に理解が遅れたが、こちらも無能と言われて黙ってはいられない。
「なっ、なんでだよ! 俺は回復術師として十分貢献してるじゃないか! 大怪我を負ったみんなを助けたことだって少なくないだろ!」
「それしかできないだろって言ってんだ。回復なんてポーションで十分だ。低コストでの大量生産が可能になった現代で、なんで回復術師なんてのが必要なんだよ」
部屋には俺とハイド以外にも3人のメンバーがいる。ハイドが追放宣言をしたときにはもう、全員が冷めた目で俺を見ていた。
俺が反論を言う前に、武闘家のゴーランが口を開く。
「収納アイテムがあるから、ポーションがかさばって邪魔になることもないしな」
魔法使いのミリアも続く。
「そもそも、回復力じゃなくて防御力を上げればいい話だしねぇ」
神官のユニシェールがため息をつく。
「あなたにかかる宿泊費や食費よりも、ポーションやその他の回復薬のほうが安価です」
「うぐ……」
立て続けに言われ、返す言葉が無かった。
確かに俺が生まれた頃から、ポーションの生産技術が飛躍的に向上したとは聞いていた。けれど傷を治すぐらいしかできなかった俺が冒険者パーティーに入るには、回復術を向上させることでしか貢献できないのだ。
そう思って努力してきたのだ。
「で、でも、自力でポーションを使えない時だってあるだろ。そんな時はやっぱり回復術が必要だ」
「あんたしらないのぉ?」
魔法使いのミリアが嘲笑の表情を向けてくる。
「ついこの前、条件発動魔法の論文が発表されたじゃない。傷を負うのを条件にポーションが自動で使用されるようにもできるから、自力で使えなくても全然問題ないのよ」
「んなっ……!」
魔法に関しての論文発表があったのは知っていたが、回復しかできない俺には関係が無いと思って気にしていなかった。けれどまさか、そんなことになっていたなんて……。
「わかったか?」
愕然としていると、勇者でリーダーのハイドが侮蔑の視線を向けてきた。
「お前はこのパーティーに……、いや、世の中に必要ねえんだよっ! さっさと消えろ無能が!」
無能。2回言われたその言葉は、1回目の時とは比べ物にならないほどの絶望を内包していた。
パーティーメンバーの勇者に言われるだけならまだいい。気が合わないからちょっとひどい言葉をかけられただけだと思える。
けれど、世の中を代表して言われるのはとてつもなくつらい。回復薬の生産技術や魔法の発展により、回復術師というものをそもそも否定されてしまうと何も言い返せない。
俺は、完全に心が折れた。
「……わかった」
顔をうつ向かせて、4人に背を向けて部屋を出る。これからどうしようかなどと考える余裕も無い。
とにかく、これ以上ここに居たくなかった。
回復術師としての俺の冒険は、ここで幕を閉じた。