アフターストーリー① とある伯爵の表彰。
ーーーアレリラ達の新婚旅行から数年後。
「身の丈に合わない……」
ポツリと聞こえた旦那の言葉に、エティッチはプッツンと堪忍袋の尾が切れた。
「またそんなこと言ってるんですの!?」
旦那のウルムン伯爵は、【災厄】に対抗する為の二種類の薬を復活させた、紛れもない帝国の功労者である。
その薬が、【災厄】後の今も、どれ程魔獣退治や食糧生産の役に立っていると思っているのか。
また、空輸手段として現在主流になりつつある、グリフォンの気分を落ち着かせる効能があるとかで、その育成や管理にも【復活の雫】が一役買っていた。
ウルムンは元々、『酒癖が悪い』ということで悪評が立っており、そんな噂話を、アレリラ様の前で楽しくお茶会の肴にしていたのも懐かしい記憶だ。
けれど彼本来の人柄は、ちょっと変わり者で小心者なだけ。
お酒も元々好きだった訳ではなく、人と話すのが苦手なコミュ障故に、その力を借りていただけらしい。
酒を一切断ち、エティッチと付き合い始めたことで徐々に変わり、今はむしろ『穏やかな人物』などと評されるようになっていた。
今や、学会でも薬草学の第一人者なのだ。
さらに『卑金属を貴金属に変える『錬金』が、金銀を【魔銀】に、そして【聖白銀】に変化させる伝承が間違って伝わったものだ』という証明をエティッチの兄であるスロードと共同で行い、表彰される式典の直前なのである。
「貴方は凄いんですのよ!? なのに何でそんなにず〜っと自信が芽生えないんですの!?」
人の本質はそうそう変わらないとはいえ、あまりにもウルムンが自分の功績に無自覚過ぎる、と思ったエティッチだったけれど。
「いや、そ、そっちじゃないんだ……」
「じゃあどっちなんですの!? ま〜だわたくしと結婚したことが身の丈に合わないと思ってるんですの!? それをまた言い出すなら今から離婚しても宜しくてよ!?」
「え、エティッチ〜。ちょっと落ち着いた方が良いですわぁ〜」
そこで、少々引き気味の姉の声が聞こえて、エティッチはハッと我に返った。
「ご、ごめんなさい、お姉様」
式典は帝都で行われるのだが、ウルムンとスロードの表彰である為、ロンダリィズの者は全員招かれている。
当然、隣国に嫁いだ長姉のアザーリエもだ。
ここは、ロンダリィズ一家の控え室なのである。
お父様とお母様、そしてお兄様はまだ来ていないけれど、せっかく帝都に来ているのだからと商談や面会にでも行っているのだろう。
エティッチが口をつぐむと、姉のアザーリエがふんわりと微笑みながらウルムンに問いかける。
「それでぇ〜、ウルムン様は、何が身の丈に合わないんですのぉ〜?」
「いえ、その……」
普通の男であるウルムンは、姉の色気に当てられるので極端に彼女から目を逸らしつつ、小さく答えを口にする。
「嘘をつき続けるのが、心苦しいのです……」
そう言われて、エティッチは鼻を鳴らした。
とりあえず人払いをして、遮音の魔術を部屋にかけた後、再度ウルムンを怒鳴りつける。
「馬ッ鹿じゃないですの!? 『貴族たる者、悪辣たれ!』というロンダリィズの家訓を、貴方もその身に叩き込んでは!?」
「君も、今はロンダリィズじゃなくてコロスセオ夫人じゃないか……」
「関係ありませんわぁ〜! 悩みが毎度毎度くだらないのですわぁ〜ッ!」
キー! と地団駄踏むエティッチの横で、姉も『わたくしも、嘘をつくのは苦手ですぅ〜』などとほざいている。
「その本性を誰にも見せないで〝傾国の妖女〟を天然でやってたお姉様が、なぁに戯言を口にしてるんですの!? お義姉様は息を吐くように嘘をついてますわ!」
「ふぇぇ……!?」
姉が視線を泳がせると、ウルムンが口を挟んでくる。
「だって、エティッチ。【賢者の石】生成も錬金も出来るって証明したのに……真逆の成果を発表して表彰されるなんて……その上、一生隠し通さないといけないんだよ……?」
「タイア子爵とお父様、それに帝王陛下の決定ですわ! 拒否権なんかありませんでしょう!」
『とんでもねぇお宝を隠すのも、悪党らしくていいな!』というお父様の鶴の一声に、タイア子爵に加えて爺やまで賛同したら、ロンダリィズでは誰も異論など口にしない。
そしてこれらの研究には、そのタイア子爵も携わっているのだ。
秘密裏に発掘して研究していた古代文明の成果を、転用した技術だからである。
ただし【賢者の石】の効能は不老不死ではなく不老長寿、かつ、特別な適性のある人しかその恩恵を受けられないもの。
錬金法に関しては、金の価格を超えるほどの膨大な鉱石が必要になり、高価な触媒も必要とあって『作るより掘った方が安いし早い』という研究なのだ。
同時に『龍脈の移動による生成の原理』に関しても解明したが、こちらがおそらく人々の想像する錬金の法に近いものだろう。
ただ【災厄】に関わる話なので、そちらも現状は黙っておかなければならない。
もし今後それが訪れた際に、【魔銀】が先に掘り尽くされて不足する、などということになれば、一大事だからだ。
そもそもこの件を陛下を含む三人が秘匿することを決めたのは、高度な社会を築いていた古代文明が滅んだ原因が解明されたからだ。
あろうことか古代文明は、【災厄】に襲われて経済がガッタガタになった後に、バカな権力者が【賢者の石】や【魔銀】を求めて争ったせいで滅んだのだという。
顛末が、お粗末過ぎる。
「公表しても誰も幸せにならないんだから、悪い嘘ついてる訳じゃないでしょう!」
「それはそうだけど……苦手だから……」
本質的に善良過ぎて、ため息の出る旦那である。
もっと悪口陰口大好きで、腹の探り合いを楽しむ自分やカルダナ、クットニを見習ってほしい。
「……貴方の尊敬する宰相閣下も、【復活の雫】のヒントをくれたボンボリーノ様も、お認めになったのよ?」
これは本当に大きな声では言えないので、遮音の魔術があってなお、エティッチは声を顰める。
イースティリア様はタイア子爵に相談された時、『【賢者の石】が欲しいか否か』を、何故かボンボリーノ様に問いかけられたそうだ。
すると彼は『え〜? 元気に長生きするだけなら、そんな石使うより美味しいもの食べて遊んだ方が健康に良いよー!』と答えたらしい。
という話を、エティッチはボンボリーノ様の口から、ペフェルティ伯爵家昼餐会の時に聞いた。
その時に一緒に招かれていた宰相閣下が、アレリラ様に『ペフェルティ伯爵に何かを判断させる場合は、本当に毎回、口止めをしてください』と注意されている珍しい光景を見たのだ。
「悪にもなり切れないし、本当に貴方は頼りないですわね!」
「面目ない……」
手のかかる旦那に、またため息を吐いたエティッチは。
「『嘘で表彰されるのが心苦しい』、じゃなくて、『皆の為のお仕事』だと思えば良いのではなくて? 実際、公表するのが危険なことくらい、貴方には分かるでしょう?」
「うん……そう、だね」
宰相閣下とボンボリーノの名前を出した後から、少しだけ曇った表情が戻りかけているウルムンが、何度も小さく頷く。
「宰相閣下も……そうだ、荷が重いって言っても仕事なら、大街道整備計画よりは……」
「そうでしょう!? うちの領地まで開通したあの街道作った時より、全然軽い仕事よ!」
「あの街道、凄いですぅ〜。国家間横断鉄道と合わせて、帝都まで来るのがすぐでしたぁ〜。ウィルダリア様が、毎年のようにレイダック様とうちに来るのは、ちょっとダインス様が警備大変って言って困ってますけどぉ〜」
姉のちょっとズレた賛同に、エティッチはうんうんと頷く。
ウルムンを無理やり納得させられそうなので、勢いで押し切るのだ。
「納得しましたわね!? ちゃんと、納得しましたわね!?」
「した。出来た、と思う」
「なら、しゃんとなさいませ!」
ウルムンのちょっとズレたタイに手を伸ばして、それを直しながらエティッチが言うと。
「うん……ありがとう」
「まったくもう!」
本当に、ウルムンは自分の凄さが分かっていない。
イースティリア様やアレリラ様がいるせいで霞んでいるけれど、普通、帝国行政と薬草学の学者という二つの立場を全て同時にこなせる人間など、そうそういないのだ。
このネガティブなところがなければ、顔立ちも好みだしちょっとコミュ障な性格も可愛いし、完璧なのに。
そんな風に思いながら、エティッチは彼に向かって笑みを返した。




