エピローグ 朱夏の盛りに。
「……アル」
「ここに居りますよ、イース」
揺り椅子に座ってアルバムをめくっていたアレリラは、ベッドの上から掛けられた声に答えた。
すると、安堵したようにまた寝息が聞こえ始めたので、再びアルバムに目を落とす。
祖父や父母、交遊のあった数多くの人々が、そこには写し出されていた。
魔導技術の成長は、絵以外にも、人の時を切り取って保存する技術を生み出したのだ。
それはちょうど、ウーユゥが生まれた頃に開発された技術で、その存在を知ったイースティリア様が彼女の成長を収めるようにご指示なさった。
お陰でアレリラは、今でもこうして、大切な記憶を色褪せぬままに思い返すことが出来る。
―――イースと共に駆け抜けた、朱夏の季節を。
「ご来客です」
「お通しして下さい」
すると、今日約束していた相手がドアから入って来る。
「アレリラ~♪ 今日も来たよー!」
「アレリラちゃ~ん♪ 今日も美味しいお菓子を持って来たのよぉ~♪」
「たびたびご足労いただき、恐縮です」
アレリラが立ち上がって微笑むと、ボンボリーノとアーハが、プルプルと同時に首を横に振る。
「オレ達は元気だからねぇ~!」
「座ってて良いわよぉ~♪ 膝悪いのにコケたら大変よぉ~?」
「はい、失礼致します。お二人もどうぞ、お掛けになって下さい」
最近、何くれとなく気にかけてくれる娘婿の両親は、昔と全く変わらない。
外見の話ではなく、その内面が。
いつも明るくて、人にもその元気を分けてくれる方々だ。
何か用事があるわけではない。
ただ、たわいもない日々の話をして、少しお話をしてから帰っていく。
「そろそろ帰りますね~♪ イースティリア様ー!」
「イースティリア様も、お邪魔しましたぁ~♪」
彼らは、今はもう一日の大半を寝て過ごしていて、あまり目覚めないイースティリア様にも毎回声を掛けてくれる。
すると、ふと目覚められることもあるのだ。
今日は、その日だった。
「ペフェルティ夫妻。感謝する……」
微睡みとの境のような目覚めでも、イースティリア様はちゃんと聞き取れる言葉を口になさる。
「君たちの声が……聞こえると、嬉しくなる。アルの明るい声は、あまり聞けない」
「そう思ってくれるなら良かったですー!」
「また来ますねぇ~♪」
そうしてボンボリーノたちが帰っても、今日は珍しくまだお目覚めのようだった。
「水を飲まれますか」
「ああ……」
口に水差しを運ぶと、イースティリア様は二口ほど含んで口を閉ざされた。
「今日は少々、お元気ですね」
「昔の夢を……見ていた。アル」
「はい」
「愛している……」
イースティリア様の言葉に、アレリラは彼の髪を撫でた。
すっかり白銀に近い色合いになり、少々薄くなった髪は、パサついているけれど。
触れられるのは、暖かいのは、まだ生きている証。
「わたくしも、今も変わらず、愛しておりますよ。イース」
微かに微笑んだイースティリア様は、そのまままた眠りに落ちた。
後幾度、こうしたやり取りが出来るだろう。
けれど寂しさの中に、生涯添い遂げられたことに嬉しさを感じる自分もいる。
イースティリア様とは、共に過ごした時の方が遥かに長くなった。
窓の外に目を向けると、強くなり始めた日差しが初夏の庭を照らしている。
そろそろ冷却の魔導具で部屋を冷やす指示を出さないと、イースティリア様のお体に障るだろう。
ぼんやりとそう考えながら、アレリラは、目を細めた。
―――わたくしは、本当に、幸せです。
イースティリア様は、一つの時代をお作りになられた。
彼の打ち出した数々の政策で帝国は飛躍的に発展し、人々の生活は当時より遥かに豊かになった。
アレリラ自身も、その手助けをほんの少しでも出来たことが誇らしい。
人の季節は、この先も巡る。
イースティリア様とアレリラがいなくなっても、その先へと続いて行く。
『君に婚約を申し込みたい』
そう言われたあの日から、アレリラの人生は変わった。
きっとあの日が、アレリラにとっての朱夏の始まりだったのだ。
夏が来る。
花開くように、多くのものが盛える季節が。
イースティリア様と共に歩んだ、あの鮮やかな季節が、今この瞬間も訪れている。
―――誰かにとっての、朱夏の季節が。
これにて、本編は終了となりますー。
とりあえず三話ほどアフターストーリーやサイドストーリーを投稿し、それで一度区切りといたします。




