エンディング② とある夫妻の大喜び。
ーーーアレリラ達が宰相執務室でそんな話をしていた、その頃。
「いや~ん! ボンボリーノ、子どもですって~! 跡継ぎよぉ~!」
「えー!? 本当にー!?」
部屋での診察を終えて満面の笑みで報告して来たアーハに、ボンボリーノも満面の笑みで答えて、ギュッと抱き締めた。
「やったねー!」
「ちょっと長かったわねぇ~!」
「え~? そぉ~?」
確かに結婚してから五年以上経っているので、長いのかもしれない。
その内出来るよね~と、あんまり気にしてなかったけど、たまに母上から言われたりするのを、アーハはちょびっと気にしていたのかもしれない。
「最近、いつも以上にお腹が空いて困ると思ってたのよぉ~!」
「そうなんだー! ……あれぇ〜? そういえば、子どもが出来ると、女の人は体調が悪くなったりするんじゃないのー?」
母上はつわりっていうのが凄く大変で、妊娠中寝たきりになって、ボンボリーノを産んだ後は、『もう子ども産むのはやめておいたほうがいい』ってお医者さんに言われるくらい大変だったらしいんだけど。
そーゆー事情がなかったら、多分ボンボリーノが爵位を継ぐこともなかった気がするけども。
しかしアーハは、ずーっと、いつも通りに元気だ。
診察を受けたのは、元気だけど『乙女の日』が来ないから、という話だったし。
「体調は全然悪くないわねぇ~。うちの家系は凄く頑丈なんだって、お母様が言ってたから、それでじゃないかしらぁ~?」
言われてみれば、アーハが風邪を引いたり体調不良だったりするのを見たことはない。
それで言うなら、ボンボリーノ自身もそうなのだけど。
「バカは風邪引かないって言うから、それでかなー!」
「そうかもしれないわねぇ~!」
「お腹が空いたなら、美味しいお菓子でも食べに行こうかー!」
「いやーん! 良いわねぇ~!」
そんな風に、あはは、と二人で笑い合っていると。
「いいわけないでしょう! 奥様、お医者様から『あまり太り過ぎると出産の際に大変ですよ』と申し伝えられたのを、もう忘れたのですか!?」
「兄上の言う通りです! それに待望の跡継ぎを身籠られたのですよ!? ご自身を大切に! 出歩く頻度は抑えてください!」
と、話を聞いていたキッポーとオッポーが、いつも通りに口煩く文句を言ってきた。
「えー? やりたいことガマンするのって体に悪いじゃんー?」
「そうよぉ~! お腹ペコペコなのよぉ~!」
「「ダ メ で す !」」
二人に本気で怒られて、アーハがしょぼんとした顔でお腹をさするので、ボンボリーノは珍しく真剣に考える。
―――えーっとぉー、お腹が空いてるのは辛いから~。
「あ、そーだ! ハニー、ちょっと待っててねー!」
と、ボンボリーノは自分の部屋に駆け足で戻り、机の上に置いておいた無色の飴玉瓶を持って、戻ってきた。
「これあげるよー!」
「あら~? 見たことないアメねぇ~?」
「これさー、ちょっと前にタイア子爵に貰った草を混ぜて作ったんだよー!」
なんか帝都が大変になるちょっと前くらいに、『育てるのが難しいが、君なら大丈夫だろう。体に良いものだよ』と肥料と一緒に貰ったのだ。
なんかすんごい草らしいけど、その時はいまいちよく分からなかった。
食べてみても味がしないから美味しくもないし、すり潰すとなんかキラキラしてる、妙な草。
サラダにしても味がないのに青臭いし、煮濾してもアクの代わりに塩みたいな結晶が出てきて、じゃりじゃり食べにくいし。
だから、アメに混ぜてみたのだ。
慣れるとクセのある臭いも悪くないと思うんだけど、その時はあんまり美味しいと思わなかったから、アーハにお裾分けはしなかった。
作ったのは、去年の社交シーズンで帝都に戻る直前。
余ってた分は、エティッチ嬢経由でそこそこ話すようになったウルムン子爵にあげた。
なんかめちゃくちゃ疲れた顔してたし、薬草に詳しいらしいから、って、特に深い意味はなかったんだけど。
そしたらなんか顔色変えて根掘り葉掘り作り方を聞かれて、最後は『それだ!』って言ってダッシュでどっか行っちゃった、なんてこともあった。
「食べてみなよー!」
と、一粒あーんしてあげると、アーハは口の中でころころした後。
「甘いけど、なんだか青臭いわねぇ~?」
「そうなんだよねぇ~。でも慣れると悪くないし、体に良いらしいから、きっとお腹にもお腹の子どもにもいいよー! それにさー、これ食べるとちょっとお腹膨れた感じになるんだよー!」
「そうなのぉ~? あ、ホントねぇ~! ちょっとペコペコじゃなくなったわねぇ~!」
と、アーハは喜んだ後。
ふと気づいたように、こちらに目を向けた。
「あら~? そういえば最近ちょっと痩せてきた気がしてたけどぉ~、もしかしてコレのお陰かしらぁ~?」
「そぉ~?」
と、アーハにほっぺをむにむにされながら、ボンボリーノはお腹を叩く。
そういえば、これを食べ始めてから体が軽いような気もした。
「確かに~、ちょっとお腹の感触が違うかも~!」
「ぷよぷよのボンボリーノも良いけどぉ~、昔みたいに痩せてるボンボリーノも素敵よぉ~!」
「ありがとー! ハニーもどんなハニーでも素敵だよー!」
「いやーん! ありがとぉ〜!」
と、またイチャイチャしていると、うんざりしたような顔をしているオッポーとキッポーが口を挟んでくる。
「また妙なものを作って……まぁ、タイア子爵からのものなら間違いはないでしょうが」
「何なのです、その貰った草というのは」
「えーっと……何だっけ?」
名前を覚えるのが基本的に苦手なボンボリーノは、しばらく首を捻って、なんとか思い出す。
「あー、多分、えりゅした草とかいう名前!」
「「エリュシータ草!?」」
「あれー? 知ってるのー?」
何だか驚いている二人に、ボンボリーノは一応伝えておく。
「結構育てるの簡単だったから、領地の畑にいっぱいあるよー? 貰った肥料はすぐになくなっちゃったけど、草をキラキラにしたら育つの発見したし~」
「あらぁ~。いっぱいあるなら、もし私もこれで痩せたら、『痩せるアメ』って販売するのも良いわねぇ~! きっと売れるわよぉ~!」
「そーなの~? ハニーが売りたいなら、売ってもいいよー!」
美味しくないけど、体には良いらしいし。
ボンボリーノが許可を出すと、オッポーとキッポーがキランと目を見交わした。
「キッポー」
「分かってますよ、兄上。……商機、ですね」
「御当主様の認可が出たということは、そういうことです」
「書類を事前に準備しましょう。エリュシータ草の栽培方法と、アメの製法に関する特許申請も予め行っておきます」
「何の話~?」
「「何でもありません。御当主様はいつも通り、書類を読んでサインするだけで良いです」」
と、何だか仲間外れにされたけど。
「ま、いっか~! ハニー、改めてありがとねー! 産まれるの楽しみだねぇ〜!」
「ワタシもありがとぉ~! ボンボリーノと結婚して良かったわぁ~!」
そんな風にいつも通り、ボンボリーノは幸せだった。
ハニーのお腹も、ちょっと満たされたし。
だけどその後『痩せるアメ』が大ヒットして、同時にエリュシータ草の加工特許使用料とかいうのの利益がめちゃくちゃ大きくなることを、この時のボンボリーノは全く知らなかった。
銀山とか、ウェグムンド侯爵に渡してる【魔銀】分まで含めても、比にならない程に。
なんか面会とか色々増えて、アーハや子どもと楽しく過ごす時間が減ってしまい……我慢の限界が大爆発したボンボリーノが、そーゆーのの権利を全部キッポー達にあげてしまうことも。
結果、二人が立ち上げた『オーキー商会』が、財閥になるほどの大成功を収めることも。
その永久名誉顧問に就任させられ、一生お金に困らずたまーにアドバイスするだけで、畑をいじりながらアーハとイチャイチャ出来る生涯を送ることも。
ちっともちっとも、知らなかった。
ボンボリーノは、何も知らないのだ。
自分の『助言』と『采配』が、どれほどの幸せを多くの人々に与えたのかも、一生知ることも、知ろうとすることもなかった。
大家族になった親類に見守られながら、アーハと共に世界最長寿夫婦の生涯を終える時まで。
―――ボンボリーノは、ただ、幸せだった。
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お局令嬢と朱夏の季節、小説1~3巻及びコミカライズ1巻&web連載へのリンクを目次、各話下部に追加しました。
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