その思惑の行方は、どこに行くのでしょう?
「どちらの話が先でも構わないが」
「なら、オレの話から先にしようかなー」
ズミアーノ様は、あっさりとそう言い。
「宰相閣下に、魔導卿に、シロツメクサねー。つまり、気づいてるってことだよねー?」
ニコニコと告げる彼に、アレリラは以前イースティリア様が仰った推論が正であることを理解した。
ーーー『精神操作の魔薬』に関する件は、彼が関わっているのですね。
渡航歴やライオネル王国側との交渉……帝国側は『借り』だと思っていたことが、実は『貸し』であり、帝国を謀っている、と。
けれどあの時、イースティリア様はこの手札を切らないと仰っておられた筈だけれど。
そう思いながら、黙って話を聞いていると。
「何に気づいていると?」
「『幸運』にも取り返しがつかなくなる前に状況を知ったバルザムは、ライオネルと『約束』したんだよねー? でもそれは裏切りだったかもしれない。だから事と次第によっては『復讐』するってことでしょー?」
アレリラは緊張した。
元凶であると目されている彼の口から出るその発言は、どう考えても喧嘩を売っている。
下手をすれば国家間の信頼関係に亀裂を入れかねないという部分を、彼は気にしていない。
それどころか……壊れても良いと考えているのではないだろうか。
「どうだろうな」
応えるイースティリア様は、具体的なことは何も口になさらない。
けれど、その視線は冷たいままだった。
イースティリア様はお優しい方だ。
国民の生活と帝国の発展を第一に考え、皆に利益がもたらされるよう、そしてなるべく『何も起こらないように』努められている。
けれどそれは決して『甘さ』や『弱腰』とは違うのである。
イースティリア様は帝国の益と秩序を犯す者に、決して容赦しない。
表向き静かに事を収めたとしても、その裏では秩序を乱した者に選択を迫る。
例えば、以前起こった誘拐事件。
現在は宰相秘書官となっている一人の男性が、ある貴族を誘拐した。
彼の行動のきっかけは、『精神操作の魔薬』の件に付随して判明していた、魔力が豊富に含まれていた水源から枯渇したこと。
それが失われたことによる、薬草栽培に伴う家業の危機だった。
貴族にとって家業の危機は、そのまま領地経営の危機に……果てには領民の生活の危機に繋がる。
その貴族家の次男坊で、家督を継げなかったが優秀であった彼は、父親である前当主と現当主である兄に進言した。
『民の生活が取り返しのつかない状況になる前に、爵位を返上し領地を帝室に返すべきだ』と。
しかし彼らは、首を縦に振らなかった。
『先祖代々守ってきた領地だから、皆で力を合わせればなんとかなる筈だ』と。
だが、彼から見ればもうそんな悠長な事を言っていられる状況ではなかったのである。
コロスセオ・ウルムン子爵の作った良質な薬が流通を始めており、水源の魔力を失い質が悪くなった実家の薬は先細りであったから。
故に、誘拐事件を起こした。
現状の法では、当主以外に最終決定権はない。
だが代わりに、身内が不祥事を起こせば責を問われるのもまた当主であり……彼は誘拐犯として捕まることで、領地の窮状を訴えようとしていたのだ。
その事件の現場にたまたま居合わせ、事件を解決したイースティリア様は、彼を捕まえた後に裁定をなさった。
有能である彼に対しては、行動の理由に情状酌量を加えて貴族籍剥奪後に宰相秘書官見習いとして召し上げた。
そして領地を危機に晒した彼の家族には、領地の話をし、爵位の返上を迫ったのだ。
もしそこで当主らが首を縦に振らなければ、イースティリア様は彼らをもっと厳重処罰なさっただろう。
幸いに視野が狭かっただけで善良であった当主らは、最終的に爵位返上に同意したので、イースティリア様は彼らの意向を汲んだ。
『伝統の家業を守りたい』という彼らに、その部分は引き継がせ、代わりに領地運営や財政に関しては管理官を派遣して丸く収めたのだ。
しかし罰は与えられている。
暮らす為の仕事を継続し続けられる部分は、温情だけれど。
貴族が爵位を失って、一族郎党平民となるというのは、本来死刑に等しい程に重い罰だからだ。
そのように、情と冷徹、どちらの側面も持っているのがイースティリア様なのである。
ズミアーノ様に対して『報復を与える』という判断を、もしなさったら。
自身の持てる権限の範囲内において、ありとあらゆる手段を用いて彼、もしくはライオネル王国を追い込み始めるだろう。
もし、虫害飢饉の際に受けた両侯爵家に対する恩を、裏切りが上回ったと判断すれば。
ズミアーノ様は、それを理解しておられるのだろうか。
「実はさー」
あくまでも呑気な様子で、彼は言葉を重ねた。
「これ以上は話せないんだよねー」
「どういう意味か、教えていただきたい」
「ニニーナ、見せて良い?」
ズミアーノ様は最早青ざめすぎて真っ白な顔になっているニニーナ様に問いかける。
「え、と……な、何で?」
「多分そうしないと、宰相閣下は納得しないと思うからだよー?」
彼の言葉に、イースティリア様との間で視線を彷徨わせた彼女は、小さく頷いた。
するとズミアーノ様は袖をまくり、そこに嵌ったものを見せた。
漆黒の、一目で禍々しいものだと分かる腕輪。
「それは?」
「オレの魂の一部を封じ込めた『枷』だよー。オレは、オルミラージュ侯爵に迷惑がかかることは話せないんだよねー。死んじゃうからー」
アレリラは息を呑んだ。
あっさり口にしたが、それはつまり、ズミアーノ様は生殺与奪権をオルミラージュ侯爵に握られているという意味なのだろう。
まるで、罪人である。
「正確には、侯爵の婚約者であるミィに、だけどねー」
「ウェルミィ・リロウド嬢か」
「そうー。諸々の話は、オルミラージュ侯爵家と王家が関わってるからねー。だから、『オレの話』はここまでだよー。後話せるとしたら、『帝国の元凶』ではない、ってことくらい。そこ抜きにしたら実際、何もなかったでしょー?」
ズミアーノ様が首を傾げると、イースティリア様は小さく頷き、少々雰囲気が和らぐ。
『帝国の元凶ではない』というのは、帝国内に精神操作の魔薬をばら撒いたのは彼ではない、という意味だろう。
だがおそらく、ライオネル王国内に撒いたのは……理由は分からないが……彼なのだ。
故に『枷』を嵌められた。
処刑されなかった理由も不明だが、それもおそらくは『語れないこと』になるのだろう。
その上で、帝国側は『精神操作の魔薬』に関する話をライオネル王国側から伝えられ、被害は最小限に抑えられた。
「『知った』時点で露見していれば、もっと被害は少なかったと思うが」
「それは、気づけなかったそっちの責任じゃないかなー?」
ーーー残念ながら、正論ですね。
確かに、被害を受けた寄子を統括していた侯爵家や、帝国が気づかなければならない部分だ。
他国から伝えられて初めて発覚している時点で、こちらの落ち度ではある。
が、イースティリア様はその程度は理解しているだろう。
「そうだな」
ーーーつまり、ここが落とし所ということですね。
自らの落ち度を彼に指摘させることで、曖昧なまま済ませる方向に持っていったのだ。
が、推測は補強された。
ライオネル王国側が……あるいはズミアーノ様自身が、故意に帝国の状況を放置して、その上で『貸し』の形で恩を売ろうとしたという部分に変化はない。
裏の状況を知ることで、交渉の際に切る『切り札』としての情報になり得るのは変わらない事実だ。
「では、続いての話だが」
「あ、その前に。さっき言ってた生花を石に封じる魔術の権利は譲ってくれなくていいよー。作ってみたいだけで、片方、情報を話せてないのはフェアじゃないしねー」
アレリラは、その言葉にズミアーノ様の評価を修正する。
自由奔放で好奇心旺盛で頭が回り、同時に危険な人物。
けれどハビィ様同様に『欲』という面においては、あまり頓着のない人物でもあるのだ。
より危険であるという方向への、評価修正である。
金銭や名誉という面以外にも、己の命にすら執着がないとなれば『何をしでかすか分からない』という点において、魔獣とさほど変わらない。
ーーーこのような人物を、飼っているとは。
味方であっても敵であっても厄介だろうと、アレリラは思った。
それを受け入れる度量を持つのなら、ライオネル国王陛下とオルミラージュ侯爵は、帝王陛下に劣らぬ傑物である。
「もう一つの話をしようよー。オルミラージュ侯爵の何を聞きたいのかなー?」
ズミアーノ様の問いかけに、イースティリア様は静かにこう口にした。
「ーーー彼のご生母について、何かご存じか?」




