イースティリア様は、不似合いな石を身につけておられます。
「へー、確かに面白いねー」
翌日、サーシェス薔薇園を訪れたアレリラは、イースティリア様と共にオルブラン侯爵令息と顔を合わせていた。
ズミアーノ・オルブラン侯爵令息。
ハビィ・オルブラン侯爵様を若くしたような容姿に、帝国由来の浅黒い肌を持つ人物……だけれど、その瞳が少し怖い。
ハビィ様と比べるとより明るい印象があり、適当さの種類が違うように思えた。
スーファ夫人以外に興味がなかったような印象のハビィ様よりも、周りに興味を持っていそうな印象。
好奇心が強そうな人物、という初対面の印象通り、彼はアレリラの身につけた赤いツバキの色石に興味を示した。
イースティリア様にそれを昨日見つけた旨を説明されて、目を輝かせているが、色石を見る為にか、アレリラとの距離が近い。
体を引くわけにもいかず、少々戸惑っていた。
ボンボリーノと同じくらい、無邪気そうな人物。
けれど、彼は、そう……ボンボリーノと違い、笑顔のまま蝶の羽をむしるような、そういう類いの薄い残酷さを秘めているように感じられた。
そんな彼に。
「ちょっと、ち、近過ぎるわ……!! 失礼よ……!」
横にいる線の細いご令嬢……ズミアーノ様の婚約者だというニニーナ・カルクフェルト伯爵令嬢が、ちょっとどもりながら袖を引っ張る。
「も、申し訳、ありません、ウェグムンド夫人……!」
「いえ」
「あー、作れるかなー? これ魔導技術だよねー。イオーラにも話してみようかなー」
「それより先に謝りなさいよ……! もう、もう……!!」
ニニーナ様は、どうやらスーファ様よりもさらに常識的な人物のようだった。
けれど、最初の挨拶だけは流暢だったものの、態度が非常におどおどとしており、目が泳いでいる。
お体が少々弱いのか、化粧で隠されているが顔色が青白いように感じられた。
髪や瞳は浅葱色、知性を感じさせるけれど、あまりにも細いので小動物のようにも思える。
人付き合いに慣れていないか、あるいは人見知りなのかもしれなかった。
「ズミアーノ……き、きっとウェグムンド夫人は怒っておられるわよ……!」
「えー? そうなのー?」
体を離したズミアーノ様がキョトンと首を傾げるのに、アレリラは否定した。
「いえ、怒ってはおりませんが。申し訳ありません、表情を作るのが生来苦手でして」
ニニーナ様のようなタイプは。
自分のようにあまり愛想というものを表面に出せない人間の微笑みが、仮面のように感じられて怯んでしまうのだろう、ということを経験から知っている。
「お気になさらず」
「え、あ、ありがとうございます……」
少しホッとした様子を見せたニニーナ様とアレリラの会話が途切れたのを見計らってか、イースティリア様がズミアーノ様に問いかけた。
「ズミアーノ氏。貴殿は、この技術を見聞きしただけで再現可能なのですか?」
「えー、どうだろー。中に模様を彫り込むのは多分職人の腕前だと思うけど、生花を封じたやつとかもあるんでしょー?」
「ええ。こちらですね」
と、イースティリア様は自分の胸元のブローチを指差した。
こちらも広場で出会った職人から買い上げたもので、シロツメクサを封じたものである。
花言葉は『幸運』や『約束』、といったもの。
けれど、これをイースティリア様が選んだ理由をアレリラはいまいち分かっていなかった。
この花にはもう一つ『復讐』という花言葉がある。
意味もなく人前につけて現れるには、少々不似合いな花なのだ。
「ふーん?」
ズミアーノ様はそれを見て、面白そうに笑みを深めた。
その瞳が一瞬、ゾクッとするような愉悦の色に染まる。
―――……!?
敵意、ではない。
けれど、『危険だ』という警鐘がアレリラの心をよぎり、以前伝えられたイースティリア様の『油断できない』という言葉の意味も同時に理解出来た。
「出来る、と思うよー? これは明確な魔道技術だし、そんなに魔力量が必要なものでもないしねー。素晴らしいのは発想の方だねー」
「なるほど。でしたら、こちらをお譲りしましょう。代わりに、現状における交渉に二つ追加で……エイデス・オルミラージュ侯爵に関するお話と、ライオネル王国と我らが帝国に関するお話を、お伺いしたい」
イースティリア様の纏う空気も、いつの間にか宰相閣下としての底知れなさを感じさせるものに変わっていた。
「あー、なるほど、なるほどねー」
「ズ、ズミアーノ……?」
二人の空気が変わったことを敏感に察したのか、また体を強ばらせるニニーナ様を安心させる為にか、その腰を抱いて、彼はニコニコと顔を寄せる。
「大丈夫大丈夫、ただのお仕事の話だよー。酷いことにはならないよー」
「そ、そもそもさっきから敬語使ってないのがこっちはハラハラしてるのよ……!! せ、せめて口調くらいどうにかして……!」
「えー、大丈夫だよー。二人とも気にしてないしさー。……宰相閣下は、ミィくらい楽しそうだしー?」
顔を上げたズミアーノ様は、ニニーナ様に見えないように、舌先を少し出して唇を舐める。
まるで、猛獣が舌なめずりをするように。
「用事の話より、父上に言われた話の方が面白そうだねー。先にそっちを済ませようよ」
「良いでしょう」
「複製と薬草。この交換でいい?」
ズミアーノ様は、言葉だけでは汲み取れない形で、本来の交渉についての話を口になさった。
薔薇園は、基本的に貴族や裕福な者が訪れる場所である為人は少ないものの、それでも会話の内容を推察されるのを避けたのだろう。
そう、新婚旅行の予定を変更しなかった一番の理由は【聖剣の複製】と【命の雫】の輸出入に関することがあったからだ。
「詳細は」
「原材料の【魔銀】や媒介になる薬物や加工費の差分、それぞれの船舶代や飛竜による輸送等はお互いの負担、関税は無料、が提示されたねー」
提示された、ということは、それがライオネル国王陛下の条件なのだろう。
「こちらの条件も、周辺費用に関しては同様に。薬草の育成費等の費用を考慮した原価提供、差分を含めて物量か金銭による補填を、と望んでいる」
差分がどの程度かは分からないものの、聞く限り悪い条件ではないどころか、おそらく帝国側に得が多いように思えた。
おそらくライオネル側も、迅速さを優先しているのだろう。
基本的に金属類の方が重く高価である。
生産日数は【命の雫】の方が育成に時間が掛かるものの、数での交換になると少々複雑だ。
【聖剣の複製】に関しては詳しいことは分からない。
けれどおそらく生産には人手が必要となるか、あるいは生産者が限られるのであれば数を揃えるのが困難にもなるだろう。
【命の雫】は、生産体制さえ整えば価格は下がっていき、数を揃えることも可能となるので、利幅が増えるのである。
けれど、イースティリア様はここでも、相手の譲歩を感じ取って帝国側としても譲歩することにしたようだった。
「いずれ釣り合いが取れなくなる時には、再交渉という形でよろしいか」
「そっちがそれで良いなら、良いんじゃないかなー? とりあえず速く、っていう部分が優先みたいだしー」
「こちらとしても、それは同様」
「なら、この条件で伝えとくねー。書面は?」
「一両日中に、オルブラン侯爵邸にて確認していただくという形では?」
「良いよー」
ーーーなるべく公平な条件で、ということであれば、そのままで宜しいでしょう。
書面の作成はアレリラの仕事である為、今の条件を頭の中に叩き込みながら、たたき台となる契約書の内容を吟味する。
しかし、イースティリア様とズミアーノ様お二人としてはおそらくここからの話が本題なのだろう。
「さ、じゃその技術を見せてもらった対価の話で良いかなー? ……魔導卿と王国について、何が聞きたいのかな?」
ニッコリと告げたズミアーノ様の瞳には、また先ほどの愉悦が浮かんでいた。




