落ち着きました。
「あの方は何者なのですか……?」
客間に案内された後、アレリラはすぐにイースティリア様に問いかけた。
「オルブラン侯爵だ。話が早くて助かるだろう」
「早いなどという言葉で片付けて良いものではない気がしますが」
この旅行で、賢い人々、優秀な人々は幾らでも見た。
お祖父様も未来が見えておられる方で、ロンダリィズ夫人は老練で、アザーリエ様も、方向性は違うけれど人として尊敬に値する方で。
けれど、それは発想の強さであったり、情報を数多く握っていることであったり……超人的ではあっても、予測が出来ることそのものはアレリラでも納得出来る話だった。
アレリラがオルブラン侯爵から受けた印象は……言わば、『全て理解しているボンボリーノ』のような。
今起こっていることを何もかも見通して、未来をほぼ確実に予測した上で全てに興味がないかのような……そんな手際である。
「不思議か?」
「逆に、不思議ではないのですか?」
イースティリア様が首を傾げるのに、アレリラが問い返すと。
「ライオネル王国を支える、ラングレー宰相閣下、デルトラーテ軍団長に並ぶ、ライオネル陛下の『3本目の腕』だからな。独自の情報網を持っていてもおかしくはない」
「……ですが、オルミラージュ侯爵の件に関しては?」
「オルブラン夫人がご懇意のランガン夫人からの情報だ。我々よりも先に彼に伝えていてもおかしくはない」
言われて、一瞬『情報漏洩』という文字が頭を過ったが、あの話は確かに、帝国内部の機密情報ではない。
「では、【聖剣の複製】の件については」
「ライオネル側がこちらと同じ思考をしただけだろう。だから、話が早くて助かる、と言った」
こちらと同じ。
もし、アレリラ自身がライオネル側であれば……。
「ライオネル側も、【生命の雫】を欲しているから、ということですか」
「【災厄】の伝承や記録は、帝国にだけ伝わっている訳ではないからな。特に〝光の騎士〟や〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟に関しては、起こるから生まれるという認識が各国にある。だから確保しているのだろう」
本来であれば、存在を確認されれば聖教会の総本山……ひいては、帝国の属国である聖王国に所属する筈の二者。
彼ら自身がライオネルに残る意思を示し、聖教会が承認したことが第一の理由だけれど、その裏には、当然国家間の駆け引きがあった。
「もし【災厄】に伴う魔王獣や魔人王が発生が確認された場合は、聖教会と各国の要請に従い、彼らを派兵することが条件に組み込まれている。ライオネルが一番早く使える、というだけの話だ」
〝常ならぬ【災厄】〟の可能性を知ってもイースティリア様がそれをあまり気にしておられないのは『【災厄】そのものを未然に防ぐ』という決意があるから、なのだろう。
帝国軍は精強であり、列強国の中でも最大規模。
もし事が起こったとしても、ロンダリィズのゴーレムや【聖剣の複製】があれば対処は可能、と読んでいるのかもしれない。
その上で【生命の雫】自体もその伝承由来の品で……ウルムン子爵の功績よって、栽培と出荷が可能となっている。
つまり『今』は、過去の【災厄】ではなかった幾つかの、人間側に有利な要素が揃っているのだ。
「納得致しました」
結局、他人の考えていることなど完全には分からない。
ランガン夫人が情報をハビィ様に伝えた理由も、あの方のどこか浮世離れした様子からは窺い知れないけれど。
「帝国に不利な要素がない、というご判断でよろしいでしょうか」
「ああ」
「では、これ以上はわたくしからは特に何も」
「そうか」
イースティリア様は頷いた後、そっと近づいてきて抱きしめられる。
ふわりといつもの香りがして、アレリラは首を曲げて彼を見上げた。
「どうなさいましたか?」
「君を抱きしめたいと思ったので、そうした。流石に竜車や馬車の中ではな」
「なる、ほど?」
言いながら、アレリラはイースティリア様を抱きしめ返す。
ーーー落ち着きます。
気恥ずかしさは相変わらずあるけれど、同時に安堵も覚えるのだ。
これが『好きな殿方と触れ合うのが心地好い』という気持ちなのだろう。
そうしてしばらくの間、お互いに無言で相手を抱き締め合っていた。




