オルブラン侯爵が怖すぎました。
「アレリラ・ウェグムンドと申します。帝国の危難に際して援助をいただき、またその後も良き関係を築けているオルブラン侯爵夫妻に深く感謝を申し上げます」
海を渡り、アレリラはイースティリア様と共にオルブラン侯爵夫妻に挨拶に赴いていた。
先に挨拶を受け、イースティリア様の後に淑女の礼の姿勢を取る。
「ああ、いいよそういうのは。スーファの母国だからねー」
「あなた。こういう謝辞は素直に受け取りなさいといつも言っているでしょう!!」
ハハハ、と笑うハビィ・オルブラン侯爵を、夫人がキッと睨みつけた。
王国貴族に多い白い肌のハビィ様は、細身で整った顔立ちの人物だった。
すらりとしており、少々軽そうな印象がある。
対してスーファ様は、帝王陛下の従兄妹であり、先代の王姪であらせられる為、帝室の浅黒い肌の方だ。
確かに、印象としてはロンダリィズ夫人の面影を感じる美貌だけれど、静かな印象の彼女に比べて快活な印象が強く、少し若い。
あの方より吊り目で強気な印象があり、少し背が低く、口元に八重歯が覗いていた。
「イースの奥方じゃないか」
「もう宰相閣下で、アレリラ様はその奥方ですよ! いつまでも侯爵家の小僧ではありません!」
「スーファはいっつもそうやって肩肘張ってて疲れないのかなー?」
「あなたが緩すぎるのです!」
ーーーどこかで見たような光景ですね。
そう、ロンダリィズ伯爵夫妻も……ハビィ様は少しグリムド様とはタイプが違うけれど……このようなやり取りが多かった。
決して高位貴族にこのようなタイプが多いわけではない。
ほとんどの方は、イースティリア様程ではなくとも礼儀礼節を大切にしており、今までお会いしたライオネル貴族の方々も、無礼に当たりそうな行動は慎まれる方々だった。
ーーーそういう方だからこそ、という面もあるのでしょうね。
そう、ボンボリーノのように。
普通とは違うから『普通では考えつかないような事』が出来る、という点が、彼やグリムド様、あるいはアザーリエ様やハビィ様に共通する点なのかもしれない。
イースティリア様も、方向性こそ違うけれどそういう方なのだ、という事を、アレリラは理解し始めていた。
「お気になさらず、オルブラン夫人。オルブラン侯爵がそうした方ということは、十分に存じ上げております」
「……でも、もうウェグムンド侯爵であり、宰相なのですよ!? 一定の礼儀は必要でしょう!」
「ええ、仰ることは十分に理解出来ますが、彼にそれを求めるのは今更ではないでしょうか」
「諦めたらそこで終わってしまうでしょう!」
ーーーお疲れにならないのでしょうか。
気性が激しい、という話を聞いてはいたけれど。
今にも地団駄踏みそうな様子でイースティリア様に噛み付いているスーファ様に、ずっとこの調子では体力の方が心配になってしまう。
「そういえば、サーシェス薔薇園に行くんだよね? いつ行くのかなー?」
ハビィ様は慣れた様子で、あっさりと話題を変える。
「そうですね、二日ほど後になるかと思います」
「なるほどー。じゃ、そこに行かせるから、面倒な話はそっちとしてねー」
と、サラリと告げられて、アレリラは小さく首を傾げる。
しかしイースティリア様は、当たり前のように頷いた。
「ええ。そうしていただけるのであれば、助かります」
「多分、息子の奴が来るからー。アイツの『遊び』に関わる話だろうしねー。多分、今権利を持ってる〝光の騎士〟とか、その他にもオルミラージュ侯爵とかエルネスト女伯とか色々、話通して来てると思うよー」
そこまで言われて、アレリラは彼が何の話をしているのか気づいて、目を丸くした。
ーーー『聖剣の複製』の話を、既に……!?
「……何故、ご存知なのでしょう?」
既に話を通していたのだろうか。
アレリラがそう尋ねると、逆にハビィ様が首を傾げる。
「え? だってイースのやることじゃない。タダで旅行なんかしないでしょー? 理由何かなーと思って、準備だけしといたんだよ。最近、色々騒がしいし、自分でやるのめんどくさいしねー。なのに僕も今度、大公国に行けってコビャクに言われたんだー。スーファと旅行できるのは嬉しいけどさー」
ーーーライオネル国王陛下を、呼び捨て……!?
ヘラヘラと色々衝撃的な事を口にするハビィ様に、アレリラは思わず固まった。
しかも、ライオネル側が『大公選定の儀』に関して既に動いている、ということまで察してしまう。
ーーー口が、軽すぎるのでは……!?
アレリラはそう思ったけれど、イースティリア様は特に気にした様子もなく応じた。
「なるほど。どのようなご用件で大公国に?」
「それは流石に黙っとけって言われたから、言えないなー。でも多分、僕の予測する限り、どことも繋がっとくんじゃない? そういうとこ、コビャク抜かりないからねー」
「なるほど」
「そっちは?」
「ご想像にお任せします」
その会話に、アレリラは少々背筋が冷える。
あまりにも自然に、国家の方針に関わる『どの公爵を推すのか』という話に変わっている。
しかもお互いに、肝心の部分は口にしない……これはおそらく、既に交渉が始まっているのだ。
さらに、おそらくーーーハビィ様は国王陛下のご下命で動いている。
「さっきから、何の話をしてますの!? というかズミアーノが戻ってくるなどという話は聞いてませんわよ!?」
「ああ、言ってなかったけー? 多分ニニーナ嬢と遊びに来るんじゃないかなー」
「早く仰い! そういうことは! 帰ってくるなら部屋を整えないといけないでしょう!!」
スーファ様は、どうやらアレリラ同様に……いやおそらく、そのご様子から、自分以上に何もご存じないようだった。
「それに旅行のことも! 陛下に黙っておけと言われたのでしたら、黙っておかれませ!! いつもいつも勝手に妙な事をして、もう!!」
「妙なことしてるのは、君の帝国の友人達も同じだよー」
「あの三人は腹黒なだけですわ!! 貴方はやらかすでしょう!!」
「そんなことなくないかなー?」
「今、まさに、やらかしているでしょう!! いい加減口を閉じなさい!」
スーファ様はいきなり、手にした扇でハビィ様の頭を叩いた。
スパァン! と、非常に良い音がした。
「痛いなー、分かったよー。じゃ、そういうことだからねー」
「ええ、ありがとうございます」
イースティリア様が軽く頭を下げると、ハビィ様がまた最後に、一言を付け加え……アレリラは僅かに恐怖を覚えた。
「オルミラージュ侯爵のことも知りたかったら、ズミは彼と知り合いだから色々聞いてみると良いよー。皆、コソコソするの好きだよねー」




