夫人に囁かれました。
「あら、失礼いたしましたわ! わたくし、いつもこうなんですのよ」
「お母様はいつも脇道に逸れるんですのよぉ〜」
和やかにコロコロと母娘で笑い合った後、ランガン夫人は改めて口にする。
「そうですわね、スーファ様ご本人に関することでしたら、あの方はとても自信に満ちた方ですわ」
「自信、ですか」
「ええ。そして感情の起伏が激しいと言いますか、とても強気な方ですわね。だからこそ、異国であるライオネルに嫁がれることも受け入れられたのでしょうけれど」
アザーリエ様やラスリィ様とは、また違った人物ということだろう。
感情の起伏で言えばアーハもかなり激しい方ではあるけれど、強気、という訳ではない。
ウィルダリア王太子妃殿下のような方なのだろうか、とアレリラは推測するが。
「でも、そそっかしいんですのよ」
ランガン夫人は、口元に手を当てて肩を振るわせる。
「基本的には聡明なのですけれど、親しい方にはすぐにカッとなるので。誤解から怒ることも多く、そういう時に指摘されると真っ赤になって黙り込むんですの。それがとてもお可愛らしくて」
「……それは、可愛らしいのですか?」
人物評価の軸が、アレリラとはだいぶ違いそうな気がしたけれど。
「可愛らしいですわよ。『ま、紛らわしい!』と、もっと怒るんですけれど、その後明らかに落ち込んでいますの。皆『そんなに気にするなら素直に謝れば良いのに』と思っていますけれど、それが出来ない方なのですわ」
だから、ハビィ・オルブラン侯爵がちょうど良いのだと、ランガン夫人は続けた。
「あの方、怒りませんので。大体、からかってスーファ様を怒らせるのもあの方ですけれど、甘やかして機嫌を直すのもご自身ですの」
ーーー甘やかしてはいけないのでは?
アレリラはそう思ったけれど、夫婦のことは夫婦にしか分からないものなので、それで上手くいっているなら良いのだろう。
ボンボリーノとアーハも、あれで上手くいっているのだから、相性が良く問題がないのならそれでいいのかもしれない。
「それにほら、ハビィ様ほど甘やかしていると普通の女性はワガママになったり重荷に感じたりしてしまうと思うのですよ。けれどスーファ様は仰るのです。『今からわたくしはお茶会ですの! しっし!』と。スーファ様がハビィ様に強く出れるので、上手く行くのですわ。あのご夫婦に関しては、そんな感じですわね。お二人とも表裏のない方ですわ」
「なるほど。ありがとうございます」
どこの夫婦も、割れ鍋に綴じ蓋、ということだ。
けれど。
ーーーそんな方が、帝室の間者……?
自分の感情を抑えられなければ、うっかりがあり得そうなものである。
アレリラがそんな風に考えつつ、その後少しだけ世間話をしてお茶会を終えると、上機嫌に屋敷に向かうクットニ様の背を追いながら、ランガン夫人が小さく囁く。
「……ハビィ様は全てご存じですわ。その上で添われましたのよ」
その短い言葉に思わず目を向けると、ランガン夫人はパチリと片目を閉じた。
「新婚旅行の最中まで、お仕事ご苦労様ですわ。お疲れの出ませんように。……王都のことで何か聞きたいことがあれば、オルブランのご子息が領地に戻られるそうで、そちらにお聞きになると宜しい、と、シンズ伯爵夫人の使者から伝言をお預かりしております」
と、するりと脇をすり抜けて先に進んでいくランガン夫人の、浅黒い肌を改めて意識して、アレリラは軽くこめかみに指を添える。
ーーーわたくしは、まだまだ人を見る目が足りませんね。
ランガン夫人も、傍系とはいえ帝室の血を継いでおられるお方。
そしてスーファ・オルブラン侯爵夫人と懇意になさっている方なのである。
さらに、スーリア公爵家の三女であるミッフィーユ様のお側にいる、三人娘……エティッチ様、カルダナ様、クットニ様が懇意にしておられるのなら。
その母であるロンダリィズ伯爵夫人、シンズ伯爵夫人、ランガン子爵夫人に繋がりがない訳がない。
女性社交界の勢力図を考えれば、至極当然の話である。
あの二夫人と繋がりがあるのなら、当然、ランガン夫人も一筋縄で行く人物である筈がなかったのだ。
全て分かった上で、あのようなお話をなさっていたのだろう。
そしてこのタイミングで『王都のこと』と言えば、当然オルミラージュ侯爵に関わることと……大公国の『大公選定の儀』における、ライオネル王国の意向以外にない。
常ならぬ【災厄】と『大公選定の儀』、その裏に潜む〝水〟の大公とオルミラージュ侯爵に関わる秘密。
ーーー随分、話が大きくなって参りました。
ことが帝国内だけに留まっておらず、アレリラやイースティリア様よりも遥かに先を行く人々がいる。
そして実在するのなら、『語り部』という存在も。
ーーー先達は、偉大ですね。そして、脅威です。
皆、どれ程の未来を見通しているのだろう。
そしてアレリラ自身も、やがてはそう在らねばならないのだ。
人との繋がり、人々の動き、世界の動き……その中で自分が成すべきことを見定め、動けるようにならなければいけない。
全ては、より良き未来のため。
ーーー『何も起こさせない』ことが、文官の最良。そう在れるように、です。




