公爵令嬢姉妹のお話を聞きました。
ランガン子爵領。
帝国南部にあり、ライオネルとの内海に接した領でもある。
そしてランガン夫人は帝室血統の傍系であり、娘のクットニ・ランガン様はアレリラと最近懇意になった少女で、三人娘で一番年齢が下だった。
「せっかくの新婚旅行ですのに、渡航前に海が荒れているなんて大変ですわねぇ〜」
浅黒い肌に緑の瞳をしたクットニ様は、はふぅ、と小さく息を吐いた。
領についたところ、現在は空が落ち着いたかどうかを飛竜で確認しているらしい。
一泊は確実だけれど、シンズ領と違って準備時間があったようで、着いた時には出迎えのお茶が用意されていたのだ。
「そうですね。少々スケジュール変更が多い日程ではあります」
と言っても、普段の業務よりは遥かに楽である。
その判断によって動くのが『国』か『個人』かという点と、単純な物量の差だ。
上がってくる申請や嘆願、議題というものは、仮に形式や内容が同じであったとしても、各個人へ一つずつ許可を出したり、領地の状況や地形によって必要な支援が違ったりと、煩雑であることが多い。
知識がないと丁寧に調べたり一枚一枚に時間が掛かったり……そういう点が、イースティリア様やアレリラ達と、他の文官で速度が違う要因でもあった。
新人とベテランの差も、そうした部分に現れるもの。
個人規模のスケジューリングなど、それこそ社交シーズンの分刻み日程でもない限り、アレリラは手間とすら感じない。
むしろ今大変なのは、帝都の宰相秘書官やレイダック王太子殿下の方だろう。
何せ、現在は通常業務に加えて、浄化装置設置の為の計画変更と手配に関する審議、ロンダリィズとのゴーレム技術の業務提携に関する根回しに加えて、今度は先ほど認めた、大公国の内情やオルミラージュ侯爵に関する資料探しと調査まで加わるのである。
『お前らは新婚旅行に行ってるんじゃないのか!! 仕事を増やすな!!』と吼える殿下の姿が、ふと脳裏によぎった。
今はイースティリア様もおらず、頼みの綱のウィルダリア王太子妃殿下も現在懐妊中で、無理をさせられないからだ。
「それで、ウェグムンド夫人におかれましては、何か尋ねたいことがあるとのことでしたが」
「はい」
問われて、アレリラは頷いた。
現在遊戯室で子爵と歓談しているだろうイースティリア様と別れてお茶の席に来たのは、ランガン夫人にお聞きしたいことがあったからである。
「スーファ・オルブラン侯爵夫人が、どのような方なのかとお伺いしたいのです」
これから訪れるオルブラン領の女主人にして、先代陛下の王姪でもある彼女について、アレリラは詳しいことを知らなかった。
イースティリア様の推測によれば、彼女もまた、帝室の間者である。
もっとも、ライオネルの不利益になるような情報や物資を流すというよりは、帝妃殿下やランガン夫人との交流という面や交易品の融通といったような、友好的な意味での、だとは思うけれど。
「旦那様に溺愛されておりますわ」
クットニ様よりもおっとりとした印象のランガン夫人の言葉に、アレリラは少々面食らった。
「溺愛、ですか」
「ええ。夫のハビィ・オルブラン侯爵は、スーファ様が大好きですの。求婚の場に居合わせたのですけれど、あの方、帝室主催の夜会でスーファ様に一目惚れしてその場でプロポーズなさいましたのよ」
ランガン夫人はふふ、とおかしげに笑うけれど、アレリラは微かに眉根を寄せてしまった。
「……それは、外交の場で、ですか?」
「ええ。あの頃はまだ帝王陛下が代替わりする前、少々戦禍の遺恨が残っている頃でしたので、その場は大混乱でしたわ。現帝陛下が『我が従姉妹を人質に寄越せと?』と冷たい目で仰って、場が凍りつきましたわね」
「笑い事ではございませんわ、お母様!」
まるで止めるような口調で言うけれど、そういうゴシップが大好きなクットニ様は、笑みが抑えきれていない。
ーーー本当に笑い事ではございませんが。
なぜこう、過去の話が出てくるとグリムド様の血統皆殺しの逸話といい、和を乱すような激しさを伴っているのだろうか。
「けれど、ハビィ様は仰いましたわ。『本気で惚れたんだよー。嫁にくれるなら、食糧融通するよー?』と。それまでハビィ様はどんな女性にも靡かなかったようで、ちょうど虫害対策の件もあって、スーファ様が頷かれたのです」
あの、いち早くオルブラン領が他国にも拘らず帝国に融通した件には、そんな裏があったらしい。
さらにランガン夫人は、おかしげに言葉を重ねる。
「そうして攫うようにご結婚なさったのですけれど、それ以来どこに行くにも一緒、ベタベタの甘々。たまに帝国に戻るにもついてきて、少し女性同士のお茶会でもしようものなら不貞腐れるという始末ですわ」
ーーー子どもですか?
その功績と、とてもではないけれど結びつかない振る舞いである。
「賢い方ではあらせられますが、変わり者ですわね」
「ご高名な帝国貴族には、割合多いですね」
「宰相閣下とアレリラ様も大して変わりませんわぁ〜」
そう混ぜっ返されて、アレリラは首を傾げる。
「そうでしょうか?」
「むしろ筆頭ですわねぇ〜」
そう言われて、なんとなく頷く。
自分ではよく分からないけれど、そういうものなのだろう。
表現は違えど、言われ慣れている類いのニュアンスである気はした。
「帝室関係だと、ロンダリィズ伯爵などもっと激しかったですわ。あそこの公爵家のご姉妹は、二人とも取られてしまいましたわね。爵位を継ぐ男児がいなければどうなっていたかと思いますわ」
「は?」
そこで彼の名が出てくると思わず、アレリラは思わずランガン夫人に目を向ける。
「そう、なのですか?」
「ええ。あの方の方が先でしたけれど……当時子爵だったのにも拘らず、公爵令嬢であったスーファ様の姉上……ラスリィ様に『俺の嫁になれ』と命じたのです」
はい、というわけで、ラスリィとスーファは姉妹でした。
サガルドゥ同様、この辺りは貴族の口には上りません。
正直大半は『あの連中には関わりたくない……』と思っています。




