雨に邪魔をされたようです。
その後、陛下が許可を出したとのことで、イースティリア様がお祖父様と共に話している最中。
アレリラは護衛のトルージュやナナシャと共に、応接間で竜騎士らと話し込んでいた。
「雨……ですか」
「ええ。南の方で強い風と雨の気配があるようで、飛竜らが嫌がっております。もし実際に降っていると、内海を渡るので何が起こるか分かりません。一度どこかの領地を経由し、その港で状況を見定めたいですね」
「短期間であれば旅程については問題ありませんが」
こうした事態に備えて数日猶予を押さえているのだ。
「内海を渡るのは、どの程度の時間が掛かりますか?」
「飛竜であれば半日ほどですね。赴かれるオルブラン領はライオネル王国の北端に近い位置ですし。なので、どこか適切な領地にお心当たりがないかと」
「なるべく海に近い方が良いのであれば、南端近くのランガン領ですね」
ミッフィーユ様やエティッチ様と仲の良い、クットニ・ランガン子爵令嬢のお父様が治める領地である。
クットニ様のお母様が帝室の傍系で、帝王陛下の姪であるオルブラン夫人と仲が良い。
エティッチ様同様、クットニ様も面識があり、彼女も今は領地に帰っておられる筈なので、話が通りやすい筈だ。
「手紙を認めますので、先触れをお願い出来ますか?」
「は! 中継地に関してはどうなさいます? このまま、タイア領に留まられますか?」
「そうですね……」
アレリラは地図に目を走らせた。
北西に近いタイア領から真っ直ぐ南下すると、大公国である。
オルブラン領に向かう為には南東に飛ぶことになるが、ぺフェルティ領や実家のダエラール領に向かうと、一度最短距離を通り過ぎる位置。
ランガン領との間を繋ぐ位置にあるのは……。
「シンズ領に赴きましょう。あそこはランガンの港と大公国を繋ぐ貿易拠点として発展しています。本邸のある街であれば、宿が取れるでしょう」
今は旅行シーズンではあるものの、シンズ伯爵家の領地に関して言えば有力な観光資源や歴史的な建造物のある土地ではなく、どちらかと言えば実利的な意味合いで利用される交易路の中継点である。
その先にあるぺフェルティ領の交易街の方が、帝都に近い分発展していると報告を受けている。
ただ、冬でもあまり雪が降らない土地なので、常時人の横行があり、その分宿泊施設は多い筈だ。
そうした手配を終えて、戻って来たイースティリア様に声をかけると、彼は一つ頷いた。
「問題ない。足を運んだことがあり、丁度シンズ伯爵に用も出来た」
「用、ですか?」
「ああ。大公国に関しての話を陛下に聞き及んだ」
それは特に秘匿する話でもないのか、イースティリア様はあっさり話してくれる。
「近々、あの国で『大公選定の儀』があるだろう」
「なるほど」
アレリラは納得した。
カルダナ・シンズ伯爵令嬢は、三人娘最後の一人。
大公国の血が入っている為、そちらの情勢に聡いのである。
大公国は、王制を取る帝国やライオネル、北のバーランドと違い、『土、水、火、風』と俗称される四公爵家に大別されて治められている国だ。
〝土〟はサンセマ公爵家。
大公国南西にあり、農耕と酪農を主な収入源としており、また陸路開発に長けた土木技術や魔術開発を行なっている。
帝国との繋がりは薄い。
〝水〟はハイドラ公爵家。
大公国北東にあり、帝国やライオネル王国との内海を通じた交易と、帝国との間に横たわる山脈の豊富な鉱物資源を活用して発展した、大きな港を持つ領地である。
交易面では、最も大きな金額が帝国との間で動いている領地だ。
現大公は〝水〟の公爵であり、現状最も力を持っている。
〝火〟はロキシア公爵家。
大公国北西にあり、山脈を易々と越える身体能力を持って、帝国との交易を行なっている。
魔導機関の技術提携や、良質な魔鉱石の産出及び精製技術開発によって帝国との繋がりを深めた。
顔を合わせたことがあるイースティリア様によると、技術提携の話を持ってきたバーンズ・ロキシア公爵令息が四公の中で最も将来有望であるとのことだった。
〝風〟はゼフィス公爵家。
大公国南東にあり、平野でライオネル王国南部辺境伯領と繋がっている。
〝土〟同様、地理的な関係から帝国との繋がりは薄い。
元は遊牧民の土地であり、その気質を残している為最も近代的な発展が遅い領だ。
南部辺境伯領との小競り合いが絶えなかったらしいが、最近はアバランテ辺境伯と和解して小競り合いが解消された、という話も聞いていた。
『大公選定の儀』とは、大公がその地位を退く時、四公領からそれぞれに候補者を立てて投票し、次の大公を決めるという儀式である。
基本は分割統治、かつ大公国全体としての意向は、ある程度は合議制によって運営されているようだけれど。
実際は大公の権力が強く、どこの公爵も狙っており、事前に領同士の力関係によって既に決まっている場合も多いようだ。
「現状では、〝水〟と〝土〟が後ろ盾や外交面からも最有力候補に思えますが」
「そうした内情も含めて、話を伺いに行く、ということだな。だが、帝国としては〝火〟を推す」
「なるほど」
〝火〟を帝国が選ぶのは、〝水〟との友好関係よりも、ロンダリィズの存在と、それを含めた浄化装置を含む技術提携が最も重要な局面である為、そちらを重視するという判断だろう。
実際、ライオネル王国とバルザム帝国に交易面で中立の立場を保っている〝水〟や、最も領地が遠い〝土〟、そしておそらくは一番力が弱い〝風〟を推すよりは合理的な話である。
「次から次へと、事態が動きますね」
「変転の時期なのだろう。世代が変わる、というのは、そういうことだ」




