お祖父様と、再会致しました。
「やぁ、早い再会だったね」
出迎えに出てきて快活に笑うお祖父様に、アレリラは淡々と告げた。
「笑い事ではございません。それに、こうなる事をお祖父様は予期しておられたのでは」
その問いかけに、お祖父様は片眉を上げる。
「さて、何の話だろう?」
そんなお祖父様の軽口に、今は付き合う気がないのか、次にイースティリア様が口を開く。
「陛下に早急にご連絡を差し上げたいのですが、方法をご存じでしょうか。可能であれば、私自身が話すことも認めていただければと思いますが」
「それは、陛下次第かな。でも、連絡を取る準備は出来ているよ」
ーーーやはり。
アレリラは内心で頷きつつ、疑問を口にする。
「お分かりであったのであれば、何故ご自身で全てを為されないのでしょう?」
『可及的速やかに事を為す必要のある』事態だと、イースティリア様と共に、アレリラは判断したのだ。
お祖父様が、それを分かっていない筈がないのに。
そんな疑問に、お祖父様は肩を竦める。
「我がこの先どれだけ生きるか分からない、と君には告げたと思うけれど。それが理由ではダメかな?」
「ですが」
「アル」
イースティリア様が制止なさったので、アレリラは口をつぐむ。
「事態に対処する先が長いからこそ、サガルドゥ様は我々に託されたのだ。……ただ一人だけで、大きな物事を成せる者はいない。人を使うと同時に後継を育てるのは、君が宰相秘書官を増やした理由と同じだ」
その言葉に、アレリラはハッとする。
北との戦争においては、確かにお祖父様は主導的に動いておられた。
今この段に至って準備を整えながらも動いていないのは、それが理由だと。
イースティリア様やアレリラ自身が、指揮官になるのなら。
今後起こることを予見し、その対策を『自ら考える』必要があるから。
ーーーもしや、当時のロンダリィズも?
グリムド様や侯爵も……あるいは隣国のダインス様ですら、同様にお祖父様が『育てた』者なのかもしれない。
何せ、ボンボリーノにすら接触しているお祖父様である。
「君は勘違いをしているね、アレリラ」
こちらの内心を読み取ったように、お祖父様は笑みを浮かべる。
「決して、我は万能ではない。弟の愚行に気づかず、戦争が起こる前に止めることも出来ず、妻の最期も看取ることが出来なかった、娘ともギクシャクしてしまう……その程度の男だよ」
彼の自虐に、アレリラは納得出来なかった。
ーーーですが、お祖父様は必要なことを成さしめたのに。
それが、今までの自分とは少し違う考え方であるように、アレリラには思えた。
今までは、悔恨というのは反省であるのと同じだと思っていた。
しかし、そこには明確な違いがあるのだと、今のアレリラは思う。
その悔恨は、お祖父様自身の生き方の否定だ。
そうではないのだ。
「人は万能ではない、と仰るのは、その通りかと思われます。ですが、わたくしはお祖父様の仰るように、アザーリエ様に出会い……この生き方を、認めていただきました」
アレリラは、自分の胸に手を添える。
状況が状況なので、なるべく手短に、とは思うが、この場でそれは訂正しておかなければいけないことである気がした。
「お祖父様。今口になさった誰も、きっと、お祖父様を恨んではいないのではないでしょうか」
事実は知らない。
けれど、推測通りにラトニ氏が、お祖父様の言う『弟』であるならば。
もし恨んでいるのなら、あれほど、帝国の為に……自分の弟が玉座につき、それをお祖父様が支えた国の為に……尽力する筈がないのだ。
戦争が起こることそのものは、多くの人の意思がそこにある。
お祖父様一人でどうにか出来ることではなかった。
お祖母様も、その戦争を止める為に尽力したお祖父様を恨んでいるのであれば、お母様にあのような言葉は遺さなかった筈だ。
「お祖父様は、常に皆の幸福を願っておられた、とわたくしは思っております。でしたら……起こってしまったことに対する後悔と自虐は、やめるべきです」
お祖父様は、アレリラの言葉にポカンとしたようだった。
人は、成長する。
そして昔は気が合わなかった相手とも、分かり合うことが出来る。
アレリラと、ボンボリーノのように。
昔に起こってしまったことは、これから先、どうすることも出来ないけれど。
見方を変え、自分を認めるだけで、人はより健やかになれることを、より良く過ごせるようになることを、今のアレリラは知っているから。
「人は万能ではありません。ですが、お祖父様。……お祖父様はその生き方で、多くの方を救ったのです。わたくしは、そんなお祖父様を尊敬しております」
しばらく固まっていたお祖父様は、額に手を当てると、笑みを漏らした。
「参ったな。『男児、三日会わざれば刮目して見よ』とは言うけれど。まさか女性もそうであるとは思わなかったな……」
「人は変わるものです。そして、歩んできた道のりは、それがどのようなものであったとしても、今の自分を作っております。わたくしが尊敬する、お祖父様も、その道のりがあったから、今、ここにおられるのです」
「そうだね。確かに、そうだ……」
ハハ、と少年のように破顔したお祖父様は、何度も何度も、噛み締めるように頷いた。
「幾つになっても、学ぶことというのはあるね」
「ええ、ございます」
「分かった、自分を卑下することは、今後控えよう。ありがとう、アレリラ。君は自慢の孫だ」
その言葉に、今までであれば謙遜を返していただろう。
心からそんな大した自分ではない、と信じていたから。
けれど、今は違う。
アレリラは、ふんわりと微笑みを、お祖父様に返して、こう口にした。
「ありがとうございます、お祖父様」




