老執事に話を伺います。
「ラトニ氏。このようなところに居られたのですね」
「おや、宰相閣下」
墓掃除をしている老執事の元を訪れたイースティリアは、近衛を少し離れた場所に待たせて声を掛けた。
まるで現れるのを悟っていたかのように、口調ほどの驚きもなく、彼が振り返る。
「どうなさいましたかな?」
「タイア子爵より、貴方のお話を伺うよう、言付けられて参りました」
ラトニ・オーソル。
タイア子爵夫人であったソレアナの父であり、没落したオーソル男爵家の元・当主。
そうした経歴を持つ彼は、日焼けした浅黒い肌と、黒髪黒目を持ち合わせており。
右手の人差し指には、見覚えのある指輪を嵌めていた。
さらに、サガルドゥ殿下よりも若く見える。
ラトニ・オーソルは、彼よりも20以上年上である筈なのに、である。
現帝室の、複雑な当時の事情を鑑み、わざわざ会うように申し伝えられたことと合わせれば、その答えは出る。
ーーーーロンダリィズに帝室の意思を反映させる、ロンダリィズ夫人に並ぶ王族側の人間の一人。
「改めて、ご挨拶申し上げます。バルザム帝国にて現在宰相を務めさせていただいております、イースティリア・ウェグムンドと申します。……シルギオ殿下」
「ひどく懐かしい呼び名ですね。そして、既に自殺した者の名です。これ以降は、お控え下さいませ」
彼は驚いた様子もなく、微笑みすら浮かべていた。
呼ぶなというのであれば、それには従う。
イースティリアは、チラリと墓に目を向けて、問いかけた。
「前当主様の墓標でしょうか。その横にある小さな石も、手入れなさっているようですが」
「名は刻まれておりませんが、こちらも墓標なのです。私の戦友とも呼べる人物の」
墓掃除の道具を片付けて花を手向けた彼は、静かに一度目を閉じた後に、墓の方を向いたまま問い掛けてくる。
「何を聞きたいのです? 当時の出来事でしょうか。それとも、ロンダリィズの真意?」
「どちらも重要なことですが、既に見聞きし、また見当がつくことですので、そちらについては大丈夫です」
「なるほど、優秀ですね。タイア子爵の信頼も厚いようで」
「恐縮です」
イースティリアも前当主の墓を見つめながら、質問を投げかける。
「今一番の問題である『災厄』について。どこまで把握しておられるのかをお聞きしたい」
「ふむ」
彼は、軽く口の端を上げた。
丁寧に整えた口髭が歪み、そうした表情をするとどこかサガルドゥ殿下に似た面影を感じるが、彼の方がより表情に鋭さがあるように見える。
「ラスリィ様が話したことが全て、とは思われない?」
「ええ。おそらく、タイア子爵と同様の情報をお持ちだと思っております」
おそらく二人は『直系王族でしか知り得ない情報』を握っている、とイースティリアは思っていた。
その上で、『災厄』に対処する為に手を組んでいるのではないかと。
しかし、心を読んだように彼は首を横に振る。
「タイア子爵とは、あまり話をすることはありません。事務的な部分に関してくらいであれば、言葉を交わすこともございますが」
平民の一執事、という立場を崩すつもりはないのだろう。
彼もまた王兄の一人であるというのに。
「ただ、そうですね。お互いの知り得ることから、『災厄』に関する推測は同様の結論に至っている、と思ってはおります」
「お聞かせ願えますか。タイア子爵は『知る必要がある』と仰いました」
イースティリアの問いかけに、彼はあっさりと頷いた。
「良いでしょう。王家の秘密ですので、決して口外なさらぬよう」
「はい」
彼は、自分の瞳にそっと手をやると、イースティリアにだけ見えるように瞳の色を変える。
紛れもない【紅玉の瞳】が日に照り返るが、彼はすぐに元の黒に戻した。
「バルザム帝室の血統は、常ならぬ『災厄』にて現れる存在ーーー即ち、【魔王】の直系にございます」




