素晴らしいアイデアを色々得られます。
飛竜便の出立は、二日後に決まった。
滞在期間を三日も短縮する為、領内を見て回ることがほとんど出来なくなったのは非常に残念なことだけれど、現状であまり悠長にしている訳にもいかないので仕方がない。
ただ、アザーリエ様の乗った国家間横断鉄道は既に到着しているようで、一日経てば彼女には会えるようだ。
滞在二日目は、泣いたせいか少し瞼の腫れぼったい感覚に邪魔されながらも、朝のうちに一通りの手配を終える。
その後、到着日同様にエティッチ様に連れられ、邸内を見学させていただいた。
興味深いものが様々にあったが、中でも気になったのは『空に浮く丸いもの』である。
「あれは何でしょう?」
「あ、アレは気球というものですわ! 火の魔導具を使って、隙間のない魔導布の中に温かい空気を溜めると宙に浮きますのよ!」
「気球……」
エティッチ様の説明によると、それは今は速度などは全く期待出来ないけれど、空から物を見たりするのに役に立つものらしい。
「ほら、見張り台がありますでしょう? ああいう物を作らなくても、同じくらいの高さから遠くを見たり出来ますのよ! 今はほんの小さなものですけれど、もっと大きな物を作ると、荷物を運べますの! ほら、このように!」
そうして、彼女はそれを実演して見せてくれた。
手のひら程の大きさの布を摘んで、下に火の魔導具を炊くと、丸い布が膨らんでいく。
そうしてまん丸になった布は、ふわりと宙に浮いた。
気球にはカゴのようなものが備わっており、それも一緒に浮いている。
「この中に、この板を入れてみて下さいませ!」
と、気球がどこかに飛んで行かないように、気球のカゴに付けられた紐を持っているエティッチ様から、木片を渡される。
言われた通りにカゴに入れてみると、確かに、その重みで少しだけ高度を下げた気球は、すぐに持ち直してそのまま浮かび続けた。
「大変、興味深いですね」
「そうでしょう! 不思議ですわよね!」
「ええ……人は、大地や海だけでなく、空までもいずれは自由に行き来するようになるのでしょうか……」
飛竜の育成も、島国で行われているグリフォン育成もそうだけれど、今、多くの人が空への興味を示しているのかもしれない。
空へ至る手段が様々に考案されていて、その活用を模索しているのだろう。
タイア領では『未来』が見えたけれど、ロンダリィズ領では『今』の活気が見える。
人々は、特に争いもないこの時代に、様々に人の営みを豊かにする方法を生み出し続ける。
その気球は、アレリラには出来ない『何かを生み出す』という行為の結実にも見えて、ひどく眩しかった。
ーーー守らねばなりません。
同時に、昨夜イースティリア様と話した通りに、不可能を可能にする決意を改めて固める。
エティッチ様のような方が、こんな風にのびのびと好きな事が出来る世界こそ、形として見える『平和』なのだ。
そうして、さらに翌日。
アレリラが起きるとイースティリア様のお姿が見当たらず、とりあえず支度を終えた後に、部屋の前に立っていた近衛のナナシャに声を掛ける。
「イースティリア様のお姿が見えないのですが、ご存知ないでしょうか?」
「は! 宰相閣下は、少し前にトルージュを伴って外に出られました! 『先に朝食を済ませておいてくれ』と言伝てを預かっております!」
「ありがとうございます」
護衛を伴って出て行ったのなら、問題ないだろう。
もしかして、何か時間が掛かる予定だろうか。
朝食の席に向かうと、グリムド様とロンダリィズ夫人、そしてエティッチ様が既に席に着いていた。
エティッチ様だけが、眠そうにあくびを噛み殺している。
「おはようございます」
「おう!」
「おはようございます、ウェグムンド夫人」
「アレリラ様ぁ〜! 今日はもうすぐ、お姉様が帰って来ますのよー!」
「随分、朝が早いのですね」
今日の昼過ぎ頃だろうかと思っていたアレリラが、意外に思いながら問いかけると。
「ダインスお義兄様は過保護ですのよ! 『自分の権威が届かないところで、お姉様を人目に晒したくない』って、地竜車をわざわざ生活出来るように仕立てて、牛歩のような速度で夜通し歩いて来てますの!」
「それはまた、素晴らしいアイデアですね」
なるほど、竜車に寝台を設置すれば、寝ている間まで移動出来るというのは盲点だった。
あまり速く走らせすぎると眠れないので、速度との兼ね合いはあるだろうけれど、急ぎの旅でなければ『わざわざ宿泊地に立ち寄らずに済む』というのは一定の需要があるかもしれない。
ーーー後ほど、イースティリア様に提案してみましょうか。
大街道が整備出来れば、ウェグムンド領の『竜道』のように、地竜が走れる巨大で固い道となる。
乗合馬車のように寝台付き地竜車を運行すれば、利用する人はいるのではないだろうか。
価格など細かい調整は必要だけれど、平民も乗れる程度の値段に出来れば、野盗や魔獣などを気にせず遠出する方法の一つになる。
タイア領で見た、人の手で火や魔法の灯りを入れなくても道を照らす街灯の設置と合わせて、大街道の治安や安全の確保手段としては悪くない話だ。
「ガッハッハ、ダインスの野郎に、アイデアを買う交渉でもするのか!?」
「可能であれば、したいと思います」
帝国民の為になるのであれば、採算さえ取れれば全ての事業を行いたいのが本音なのだ。
ちょうど、朝食を終えた頃合いにアザーリエ様がたが到着なさったようなので、アレリラはロンダリィズ一家の方々と共に出迎えに向かった。




