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【コミカライズ4巻発売中!】お局令嬢と朱夏の季節~冷徹宰相様との事務的な婚姻契約に、不満はございません~【書籍化】  作者: メアリー=ドゥ
新婚旅行編・中編

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いつまでも、お慕い申し上げております。


「その仮説が正しいのであれば、常ならざる災厄が起こることは、ほぼ確実なのですね……」


 帝国内のみならず、世界各国で同様の災厄が起こるのであれば、多くの死者が出るだろう。

 【魔銀(ミスリル)】の恵みにより実家が富むことを真に喜べるのは、この危機を乗り越えてからだ。


 それこそウェグムンド領やロンダリィズ伯爵領程の防備を固めているのでもない限り、強大化した魔物の行動域が広がっていけば、小さな領地であれば滅ぼされてしまう可能性だってあった。


 実家のダエラール領も例外ではないけれど、その焦燥に身を任せるよりも先に、アレリラにはすべきことがある。

 災厄そのものが、そう呼ばれる程に危機的なものであるのに、古文書の最後にある一文はより不穏なのだ。


×××


 常なる、獣ならざるモノ、人ならざる者。

 王の名を(かた)り在ると知れ。


 真なる滅びを前にして、人はそれを魔の王と呼ぶ。


×××


「常なる、から続く二つの存在は、魔王獣と魔人王を指し示す言葉かと推察致しますが」


 感情が波打つのを抑え込みながら、アレリラは極めて事務的にイースティリア様に自身の考えを伝える。


「ああ。続く一文は、それ以上の魔の存在がいる、という示唆に見えるな。王の名を騙る……魔獣の変異した魔王獣も、人に似た姿をした魔人王も、本来は『王』と呼べる存在ではないのだろう」


 常なる災厄がこの二種が生まれる災厄を指すのであれば、と、イースティリア様は言葉を重ねた。


「真なる滅び……真に【魔王】と呼ばれ得る存在が、その上に居ることになる。正確な記録としてでなければ、最古の災厄に関する伝承には『魔を統べるモノ』とだけ記されているな。今までの災厄で確認された、強大な『魔』である魔王獣や魔人王の呼称は、後に付けられた呼び名だ。『魔を統べるモノ』は、本来これらを指す呼称ではなかったのだろう」

「では〝精霊の愛し子〟や〝神の祭司〟そして〝黄竜の賢人〟についても……現存する災厄の文献上では、記述が違う可能性がありますね」

「あるいは、長く出現していないか、だ。災厄にまつわる記述のある文献で、アルが諳じているものは?」

「この古文書を除けば、聖教会教典、帝国前史、伝承総篇、近世界史録の4つになります」

「私はそれに加えて、帝室秘録を閲覧している。常ならざる三者と、仮称【魔王】に関して、何か思い当たる点は?」


 問われて、アレリラは記憶を思い起こす。


「……『神爵(しんしゃく)』でしょうか。聖教会教典の災厄の関する記述内に、その名があります。〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟を凌駕する力を持つ、女神の寵愛をもって傷ついた大地に癒しをもたらす存在です。聖教会の独自位階の中に、教皇の上に位置する存在として記されております。が、その位階を授かったとされるのは聖教会の礎となった初代乙女、聖テレサルノの代にいたとされる、聖ティグリの名を冠する聖人のみです」

「なるほど。他には?」

「他二者に関する記述は、具体的な人物名はないかと思われます。『愛し子』という記述は帝国前史、伝承総篇の中に幾つか出てきますが、現在、それらは乙女と同一視されていますし、神話の類いです」


 以上です、と告げると、イースティリア様は小さく頷いた。


「『愛し子』に関しても、魔王獣や魔人王同様、現代の解釈が間違っている可能性を考慮しよう。その上で、賢人に関しては記録がない可能性が高い」

「そう考える意図をお伺いしても?」

「賢人が私の考える通りにペフェルティ伯のような人物である場合、歴史の表舞台に立つことはあり得ないからだ。おそらくは、隠者に近しい存在だろう」

「……確かに」


 ボンボリーノは、結果目立つことはあっても、名誉や金銭欲、権力欲とは対極に位置する存在である。

 祭り上げられることもなく、イースティリア様や祖父のような慧眼をお持ちの方でもない限り、気にも留めないだろう。


 彼の才覚は、あくまでも『結果として良い方向に物事を転がす』という、功績として目に見えづらいものなのだ。

 祖父が解読したこの古文書を記した人物は、おそらくそうした慧眼の持ち主だったのだろう。

 

「では〝精霊の愛し子〟について、閣下はどのようにお考えでしょうか?」

「……帝室秘録の記述から、一つの類推は可能だ。だがこの存在も、賢人同様『愛し子』として記録されてはいない可能性が高い」

「内容をお伺いしても大丈夫でしょうか?」

「詳細は伏せるが、精霊は人の目には見えない。その寵愛の発露は、賢人が『幸運を人に授ける存在』という形だとするのなら、『観測出来ない加護を一身に受けた存在』という形であると考えられる」

「歴史上に名を残しても、『愛し子』とは思われていない、ということでしょうか」

「そうだな」

「探しようがありませんね」


 ボンボリーノが賢人であるという推察も、たまたまボンボリーノが知り合いであったからという点から導き出されたものだ。

 常ならざる災厄が起こるという説の補強として『愛し子』を探し出すのは、労力が掛かり過ぎる。


 『神爵』の方はまだ可能性があるものの、女神の寵愛による奇跡を目撃するのは、既に災厄が起こって大地が傷ついた時だろう。


 それでは遅い。

 しかしアレリラは、現状でも、常ならざる災厄は『起こる』という方向で考えるには十分だと思われた。

 

「どうなさいますか?」

「陛下に早急に相談する必要がある。だが、旅行を中断することは出来ない」

「オルブラン夫人にお会いする必要があるからですね」


 隣国まで赴かなければ、かの夫人にお会いすることは出来ないからだ。

 自国内の貴族であれば多少予定の融通は利くが、隣国の有力貴族となると、こちらの都合で訪問の予定を早める訳にもいかない。


 ーーー少しでも、イースティリア様のご予定を滞りなく進める手段は。


 アレリラは、スケジュールと移動手段を脳内で総浚いし……即座に、思いついたことを提案する。


「飛龍便の予定を早められるか、ロンダリィズ伯に打診致しましょう。早めた分の時間で進路上にあるタイア領に一度立ち寄り、お祖父様の力をお借りしては?」


 祖父は、移動や連絡に関して距離を飛ばす手段を有している。

 おそらく、陛下に直接お会いしたり、連絡を取ることも出来る筈だ。

 

 これなら旅程を変えないまま、陛下に現状をお伝えすることが出来る。


「やはり、君は有能だ。口にせずとも応えてくれる」

「光栄です」


 おそらくは、イースティリア様も思いついていたのだろう。

 けれど、彼がご指示を出す前に思う通りに行動出来ることを、アレリラは自身の数少ない美点だと思っていた。


「災厄に対抗する為、帝国にとっての最善手となるのは、やはり〝光の騎士〟と〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟をこちらに招集する手段を探ることでしょうか」


 本人達の意思が重要になるものの、伝承の記述に則るのであれば、それが最も重要な要素であるとアレリラは考えたのだけれど。


「いいや。この場合の最善手は、災厄を・・・起こさせないこと・・・・・・・・だ」


 そう言われて、アレリラは思わずイースティリア様を振り向いた。

 真剣な色を宿した、静かな青い瞳に、その言葉が本気であると理解する。


「災厄を、起こさせない……?」

「そうだ。最善手は、災厄そのものを起こさないこと。次善は仮称【魔王】が生まれ落ちぬことだ。対抗手段を用意して備えるだけでは足りない」

「災厄が起こること自体を防ぐ……そのような事が、可能であると仰るのですか?」


 あまりにも荒唐無稽な話に思えた。

 今までの歴史に災厄が記録されているということは、つまり『災厄そのものを防げた』という前例がないことを意味するのだ。


 イースティリア様はよく、アレリラの理解の及ばないこと、理想が高いと思えることを口になさるけれど、この件に関しては困難以上のものであるように思えた。


 時間もさほど残されていないだろう。

 そもそも【魔銀ミスリル】や寵愛を受けた存在がいるということは、『女神が人の為に対抗手段を用意した』ということに他ならない。


 今のイースティリア様の言は『神の想定すらも超える』と口にしているに等しいのである。

 祖父もロンダリィズ夫人も、災厄そのものの発生を防ぐことを目的とはせず、発生した後にどう対処するかを考えて動いているように見えた。


「アル」


 イースティリア様は、あくまでも静かだった。

 けれど、その瞳に厳しさが宿る。


「可能不可能ではない。それは我々の目指すべきことであり、為すべきことだ」

「ですが」

「これは不測の事態ではない。対処の機会が与えられている問題なのだ。であれば、我々は最善の手段を模索しなければならない」


 横向きに、イースティリア様の太ももの上にアレリラを座り直させ、彼は下からこちらの顔を真っ直ぐに見据える。


「我々は戦士ではなく、文官だ。その役目は、平和を維持し、問題が起こらぬよう務め、あるいは問題が起これば迅速に対処し、被害を最小限に抑えることだろう。『何も起こらぬ』事が、我々の勝利なのだ」

「……仰ることは、理解出来ます」

「戦士に『命を捨てよ』と命ずる段に至るのは、全ての手を尽くし、それでもまだ及ばぬ時のみだ。魔物の強大化、魔王獣や魔人王の出現の原因、仮称【魔王】に関する情報を突き止め、事前に解決策を見出して対処すること。問題を起こり得て仕方のないものだと諦めるのは、文官としての敗北だ」

「閣下……」

「イースだ。君は、私の伴侶だろう。……大切なものを失うリスクを、許容してはならないのだ。私は君を失いたくはない。そして君が想う帝国が、友人が、家族が失われて、君が悲しむ姿も見たくはない。同様に、陛下にも、殿下がたにも、全ての帝国民にも、同じ思いをして欲しくはないと思っている」


 その決意の強さと真っ直ぐな言葉に、アレリラは震えた。



「ーーー為すのだ・・・・、アル。それが帝国宰相である私と、筆頭秘書官である君の責務だ」



「……畏まりました」


 掠れた声でそう口にして、イースティリア様の頬に無意識に手を伸ばす。


 ーーーこの方は。


 何故こんなにも大きな想いを、その背に負えるのだろう。

 人智を超えた災厄が起こっても、誰もこの方を責めたりはしないのに。

 

 不可能と思えることであっても、それが最善であると思えば、決して目指すことを躊躇わない。


 ーーーそういう方だから、わたくしは。


「……アル?」


 気付けば、頬を涙が伝っていた。

 それを見て、イースティリア様が戸惑ったように声を上げるのに、アレリラは唇を噛む。


「わたくしが、浅慮でした。及ばぬ身ではありますが……この命尽きるまで、お支え致します。イースが、そういう方だから、出来る限りお支えしたいと思ったことを、思い出させていただきました……」


 イースティリア様なら。

 イースティリア様だから。


 きっと、誰もが思いつきもしなかった事が成し得るのだと、アレリラは信じた。


 全てを包み込むような、大きな愛情をお持ちの方だから。

 誰よりも、人々の営みを守ることを、大切に考えておられる方だから。


 そんな方が……困難に立ち向かう為にアレリラが必要だと、同じ想いでいて欲しいと、求めてくれていることが、嬉しくて。


 平穏の為、困難に立ち向かうのが『我々』の仕事だと。 


「お慕いしております、愛しています、イース。ずっと。ずっと……ずっと、です……」


 自分でも、気持ちが昂って、何を伝えたいのか分からないまま、アレリラはイースティリア様の首に手を回して抱きしめる。


「お守り下さい。わたくしの大切に想う人々と、帝国に住む民を……そんなイースを守れるように、わたくしは精一杯、努めますから……!」

「アル……嬉しいが、どうして泣いている? 不安なのか?」

「いいえ。そうではありません……ですが、分かりません。分からないのです、自分でも……愛しています、イース……その気持ちと共に涙が、溢れて、くるのです……」


 戸惑いながらも、イースティリア様は抱きしめ返してくれた。

 その腕の安心感に、ますます涙が止まらなくなる。


「泣くな、アル」

「申し訳、ありません……」

「謝る必要はない。が、私は君の想いがこれ程に喜ばしいのに、このままでは、今一番見たいアルの顔を見ることが出来ない」

「顔……?」


 体を離すと、少し困ったような笑みを浮かべたイースティリア様の顔が見える。


「愛を伝えてくれるのなら、どうか笑ってくれ、アル。私が愛を最初に伝えた時のような、君の晴れやかな笑顔が見たい」


 そう言われて。

 アレリラはイースティリア様が珍しく困っているのが、何だかおかしくなって、口元を綻ばせる。


「こう、でしょうか?」

「ああ。そうだ。……あの時に見た、私だけの、君の笑顔だ」


 アレリラは、その時。

 出会ってから初めて、イースティリア様の整った美貌が、まるで少年のような満面の笑みに染まるのを見た。


「共に守ろう、アル。君が居てくれたら、きっと私は、どれ程不可能に思える物事も成し得るだろう」

「はい……イース」


 イースティリア様の指先で涙を拭われ、アレリラは目を閉じる。


 そのまま、唇に柔らかい感触が触れて。

 アレリラは手から力が抜けてしまい、指先からすり抜けた古文書の写しがパサリと床の上に落ちる音が聞こえた。

 

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